高齢者を支える親族のための法律知識

【Q34】遺産の不動産の無償使用は特別受益になる?
                                           令和5年8月16日
                                          弁護士 亀井 美智子

 昨年父が亡くなり、遺言書は無かったので、母、弟と私が遺産分割の話し合いをしています。弟は実家(父所有建物)に父母と同居し、私は実家近くの父の所有地に、父から家を建てればよいと言われ、自分のお金で木造の家を建てて住んでいます。先日弟が、私は父の土地を無償で使用しているから、特別受益になると言いました。弟だって父所有の実家に家賃を払わず10年以上無償で住んでいるのだから、特別受益にならないのでしょうか。

【A34】
 結論から申し上げると、相続人(弟)が遺産の建物に被相続人(亡父)と同居していた場合、無償使用について家賃相当額の特別受益とは認めないのが一般です。他方、あなたの遺産の土地の無償使用については、通常は使用貸借権相当額の特別受益を受けたと考えられます。
 その違いを説明する前に、まずは特別受益の意味から解説いたします。

【解説】
1 特別受益とは
 共同相続人の中に、被相続人から遺言で財産を譲り受けたり(遺贈)、生前多額の贈与を受けたりして、遺産の前渡しといえる程の利益を受けた人がいる場合があります。そのことを考慮せずに残りの遺産を分割すると共同相続人間に不公平が生じますが、それが被相続人の意思に叶うものか疑問です。そこで、民法は、遺産の前渡し分は計算上遺産に加えてもらった上で(持戻し)、遺産分割するのを原則にしました。これが特別受益の制度です(民法903条1項)。
 もっとも被相続人が、その相続人には、相続分とは別に、特別な取り分として財産を遺贈・贈与をしたいのだという意思(持戻し免除の意思)の場合も考えられますから、その場合は例外として特別受益を遺産に加算しないことにしました(民法903条3項)。

2 弟が実家に無償で同居していたことについて
 弟の父所有建物の無償使用(使用貸借)は特別受益とはいえないと前述しましたが、その理由は、建物の使用貸借は、遺産の前渡しといえるほど経済的価値がないのが原則だからです。使用貸借は、期間や目的の約束がなかったときは、貸主はいつでも解約でき(民法598条2項)、借主は貸主との間でだけ主張できる契約で第三者に対抗することはできませんし、建物の明渡しは容易で、弟に無償使用させたことによる相続開始時の遺産の減少はほとんど認められません。
 判例も「一般に、被相続人名義の建物の使用貸借は遺産の前渡しという性格が薄く、建物の使用借権も、経済的価値はないに等しいことなどからすれば、賃料相当額を特別受益として評価するなどということはできないというべきであり、特別受益には該当しない。」としています(札幌家裁平成26年12月15日)。
  
3 質問者の土地の無償使用について
 父所有土地の無償使用(使用貸借)について、質問者は父から建物を建てることを薦められたというのですから、建物所有目的の土地使用貸借となります。その場合、定められた目的に従い借主が使用収益をするに足りる期間は、貸主は解除できず、使用貸借が続くことになります(民法598条1項)。木造でも30年を超える期間を認めた判例も多くあります。
 使用貸借ですから前記のとおり、第三者に対抗することはできませんが、土地の購入者が土地を使用貸借していた建物所有者に土地明渡請求訴訟を起こしたケースで権利濫用とした判例も少なくありません。それに、建物を撤去して土地を明け渡すことは容易ではありません。
 以上から建物所有目的で使用貸借している土地については、相続開始時の遺産の土地の評価額に減少が認められます。土地の更地価額の1割から3割が使用借権相当額として減額されることになり、その額があなたの特別受益と評価されるものと思われます(和歌山家裁平成27年6月30日、東京地裁平成21年6月26日など)。
 
4 持戻し免除の意思表示
 前述のように、被相続人が、その相続人には相続分の他に特別に遺贈や贈与をしたいのだという意思を示した場合は、特別受益であっても、遺産にその分を加算して計算しません。
 また、この意思は推測できる場合でもよいとされています。例えば家業承継のためとか、その子が重い病気であるとか、長年連れ添った妻に自宅の建物を贈与するとかの場合、被相続人は、遺産分割のときその相続人の取り分を減額調整するよう求めてはいないと推測されます。なお、婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用建物・敷地の遺贈等については持戻し免除の意思の推定規定があります(民法903条4項)。
 よって、あなたの場合もそのような父の意思が示されていたり、例えばその建物で父母と同居する予定であったとか、その意思を推測できるような事情があれば、特別受益とはなりません。
                                                   以上


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