学べるコラム バックナンバー


        高齢者を支える親族のための法律知識



【Q35】親族が後見申立てを行う場合の費用の負担

【Q35】親族が後見申立てを行う場合の費用の負担
                                            令和6年6月1日
                                          弁護士 亀井 美智子

 私の母は、実家で一人暮らしをしていますが、最近認知症が進んで頻繁に見守りが必要となり、遠方で暮らす私では対応できなくなってきました。そこで、母に後見人を選任してもらうため、私から弁護士さんに頼んで、家裁に後見開始の申立てをしてもらいました。弁護士費用や実費は、一旦全て私が立て替え、後日後見人に選任された方に、母の預金から精算してもらおうと思いますが、できますか?

【A35】
 実費の内、後見開始申立て(家事審判)の手続費用は、家事事件手続法28条1項により、申立人である貴殿の負担となるのが原則ですが、後見申立てにより直接に利益を受けるのは母なので、同条2項3号により、手続費用のうち、申立手数料、後見登記手数料、送達・送付費用、鑑定費用については、後見開始の審判書で、被後見人(母)の負担とされるのが一般です。 
 弁護士費用や診断書の作成費用は、手続費用には含まれず、弁護士や医師に依頼した貴殿の負担となるのが原則です。

【解説】
1 申立ての手続費用の負担
 後見開始の申立てに関する手続費用の負担については、家事事件手続法28条1項が、「手続費用は、各自の負担とする。」と規定しており、申立ての手続費用は、その申立てをした人が負担するものと定められています。したがって、後見開始の申立ての手続費用は、申立人である貴殿の負担となるのが原則です。
 しかし、家事事件の申立ては必ずしも申立人自らの利益のためにされるとは限らないため、申立人の負担とすると、かえって公平に反するような場合もあります。そこで、そのような場合の例外として同条2項は、「裁判所は、事情により、前項の規定によれば当事者及び利害関係参加人がそれぞれ負担すべき手続費用の全部又は一部を、その負担すべき者以外の者であって次に掲げるものに負担させることができる。」とし、1号から3号までを列挙しています。
 後見開始申立ての手続費用については、そのうち3号の、その裁判により直接に利益を受ける被後見人(母)について、審判を受ける成年後見人に準ずる者として、手続費用の一部を負担させるのが一般です。
 その場合、後見開始決定の審判書に「手続費用のうち、申立手数料、後見登記手数料、送達・送付費用及び鑑定費用は本人の負担とし、その余は申立人の負担とする。」などと書かれます。
 よって、審判書で本人(母)の負担とされた上記手続費用については、後日後見人に費用の償還を求めることができます。

2 申立ての弁護士費用等について
 家事事件の手続費用の範囲と額については、民事訴訟費用等に関する法律2条に列挙されていますが、弁護士費用や診断書作成費用は含まれていないため、これらは手続費用ではありません。弁護士や医師に依頼したのは貴殿ですから貴殿の負担となるのが原則です。
 ただし、弁護士費用について、例えば申立人が遠方に居住しており、多忙で自分では手続きができず、また遺産分割協議を進めるためなど申立てが申立人の利益のためにしたものではなく、弁護士への依頼内容や金額が過大でない場合、被後見人に十分な資力があれば、事務管理の法理を類推して有益費用として後見人が償還してもよいのでは、という考え方もあるようですので、そのような事情があれば、一度後見人と相談してみてください。
                                                   以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q34】遺産の不動産の無償使用は特別受益になる?

【Q34】遺産の不動産の無償使用は特別受益になる?
                                           令和5年8月16日
                                          弁護士 亀井 美智子

 昨年父が亡くなり、遺言書は無かったので、母、弟と私が遺産分割の話し合いをしています。弟は実家(父所有建物)に父母と同居し、私は実家近くの父の所有地に、父から家を建てればよいと言われ、自分のお金で木造の家を建てて住んでいます。先日弟が、私は父の土地を無償で使用しているから、特別受益になると言いました。弟だって父所有の実家に家賃を払わず10年以上無償で住んでいるのだから、特別受益にならないのでしょうか。

【A34】
 結論から申し上げると、相続人(弟)が遺産の建物に被相続人(亡父)と同居していた場合、無償使用について家賃相当額の特別受益とは認めないのが一般です。他方、あなたの遺産の土地の無償使用については、通常は使用貸借権相当額の特別受益を受けたと考えられます。
 その違いを説明する前に、まずは特別受益の意味から解説いたします。

【解説】
1 特別受益とは
 共同相続人の中に、被相続人から遺言で財産を譲り受けたり(遺贈)、生前多額の贈与を受けたりして、遺産の前渡しといえる程の利益を受けた人がいる場合があります。そのことを考慮せずに残りの遺産を分割すると共同相続人間に不公平が生じますが、それが被相続人の意思に叶うものか疑問です。そこで、民法は、遺産の前渡し分は計算上遺産に加えてもらった上で(持戻し)、遺産分割するのを原則にしました。これが特別受益の制度です(民法903条1項)。
 もっとも被相続人が、その相続人には、相続分とは別に、特別な取り分として財産を遺贈・贈与をしたいのだという意思(持戻し免除の意思)の場合も考えられますから、その場合は例外として特別受益を遺産に加算しないことにしました(民法903条3項)。

2 弟が実家に無償で同居していたことについて
 弟の父所有建物の無償使用(使用貸借)は特別受益とはいえないと前述しましたが、その理由は、建物の使用貸借は、遺産の前渡しといえるほど経済的価値がないのが原則だからです。使用貸借は、期間や目的の約束がなかったときは、貸主はいつでも解約でき(民法598条2項)、借主は貸主との間でだけ主張できる契約で第三者に対抗することはできませんし、建物の明渡しは容易で、弟に無償使用させたことによる相続開始時の遺産の減少はほとんど認められません。
 判例も「一般に、被相続人名義の建物の使用貸借は遺産の前渡しという性格が薄く、建物の使用借権も、経済的価値はないに等しいことなどからすれば、賃料相当額を特別受益として評価するなどということはできないというべきであり、特別受益には該当しない。」としています(札幌家裁平成26年12月15日)。
  
3 質問者の土地の無償使用について
 父所有土地の無償使用(使用貸借)について、質問者は父から建物を建てることを薦められたというのですから、建物所有目的の土地使用貸借となります。その場合、定められた目的に従い借主が使用収益をするに足りる期間は、貸主は解除できず、使用貸借が続くことになります(民法598条1項)。木造でも30年を超える期間を認めた判例も多くあります。
 使用貸借ですから前記のとおり、第三者に対抗することはできませんが、土地の購入者が土地を使用貸借していた建物所有者に土地明渡請求訴訟を起こしたケースで権利濫用とした判例も少なくありません。それに、建物を撤去して土地を明け渡すことは容易ではありません。
 以上から建物所有目的で使用貸借している土地については、相続開始時の遺産の土地の評価額に減少が認められます。土地の更地価額の1割から3割が使用借権相当額として減額されることになり、その額があなたの特別受益と評価されるものと思われます(和歌山家裁平成27年6月30日、東京地裁平成21年6月26日など)。
 
4 持戻し免除の意思表示
 前述のように、被相続人が、その相続人には相続分の他に特別に遺贈や贈与をしたいのだという意思を示した場合は、特別受益であっても、遺産にその分を加算して計算しません。
 また、この意思は推測できる場合でもよいとされています。例えば家業承継のためとか、その子が重い病気であるとか、長年連れ添った妻に自宅の建物を贈与するとかの場合、被相続人は、遺産分割のときその相続人の取り分を減額調整するよう求めてはいないと推測されます。なお、婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用建物・敷地の遺贈等については持戻し免除の意思の推定規定があります(民法903条4項)。
 よって、あなたの場合もそのような父の意思が示されていたり、例えばその建物で父母と同居する予定であったとか、その意思を推測できるような事情があれば、特別受益とはなりません。
                                                  以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q33】死後事務委任を引き受ける際、注意することとは 令和4年12月23日

【Q33】死後事務委任を引き受ける際、注意することとは
                                         令和4年12月23日
                                         弁護士 亀井 美智子

 高齢の叔母は、未婚で他に親しい親戚もいないので、私(叔母の従妹の子)に、自分の葬儀のことなどについて頼みたいといいます。私は子供のころから叔母の家に出入りして可愛がってもらいましたので、引き受けようと思いますが、注意することがあったら教えてください。

【A33】
 自己の死後の事務(葬儀、病院の費用の清算など)について生前に委任する契約を死後事務委任契約といいます。受任者が契約の際注意することとしては、まずは委任者が元気なうちに本人の意向を十分に聴き取って相談の上、合意内容を書面(死後事務委任契約書)にしておくことです。委任契約は口頭でも成立しますが、本人の遺志をきちんと反映させ、相続人とのトラブルを避けるためには契約を書面にし、できれば公正証書にしておくことがお薦めです。また、契約書に入れておきたい条項としては、具体的な委任事務の範囲、費用の負担(預託金の授受)、受任者の報酬、委任者・受任者が解除できる場合、預託金の精算、相続人への報告義務などがあります。
 以下は、死後事務の具体例と、委任契約以外で死後事務を頼む方法について触れた後、上記の条項について判例を紹介しながら説明します。

【解説】
1 死後事務の例
 死後事務の例としては、遺体の引き取り、葬儀、埋葬、供養、関係者への死亡の連絡、病院・介護施設料の清算、家の賃貸借や公共料金の解約・精算などがあります。遅くとも死亡からだいたい3年程度で終了する事務とされています。

2 死後事務を委任契約でない方法で頼めないか?
 死後事務を、委任契約でなく他の方法で頼めないかについて触れておきます。
 遺言書の付言事項として書き加える方法はありますが、死後事務が、民法で定められている遺言事項の中に含まれていないため、遺言書に書いても「お願い」に止まり、法的拘束力はありません。
 もっとも、死後事務を含む事務を負担とする負担付遺贈(民法1002条)を遺言書に定めた場合、遺贈は遺言事項ですから法的拘束力を持ち、受贈者は負担を履行しなければ遺贈が受けられないことになります。ただし、受贈者が負担付遺贈を辞退することはありえます(民法986条)。
 そのほか、任意後見契約やホームロイヤー契約の委任事項の一つとして死後事務を入れることもできます。なお、任意後見人は死亡届の届出人になることもできます(戸籍法87条2項)。

3 相続人等とのトラブルを回避するため入れておきたい契約条項
⑴ 委任者の死亡後も効力を有する契約であることを明記すること。
 委任契約は委任者が死亡したら終了するのが原則です(民法653条)。そのため、委任者の死亡により死後事務委任契約が終了したとし、相続人から受任者に対し、委任者が死後事務の費用として預けたお金の返還を求めるケースがあります。
 Aが病院の費用、葬儀や法要の費用、世話になった家政婦等への謝礼金の支払をYに依頼しお金を預けた事例で、Aの相続人XがAの死亡により委任契約は終了したとして預け金の返還等を求めました。裁判所はこの委任契約について、「委任者の死亡によっても契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨」としてXの請求を認めませんでしたが(最高裁平成4年9月22日)、契約条項として委任者が死亡した後もなお効力を有する旨を定めておけば、より明確になります。

⑵ 死後事務の費用として一定額の金銭を預ける規定
 相続人から受任者に対し、預金の着服等の不法行為があるとして損害賠償を請求した事例があります。
 裁判所は、委任者名義の預金は、委任者が、同人の死後も母の生活費や療養費、家産や祭祀の維持を委任したため管理をまかせた預金なので、それらの事務に使うための預金の払戻しは不法行為を構成しないとしました(東京高裁平成11年12月21日)。
 委任事務の範囲と、その事務処理費用の調達先、預かった金と費用の精算について、契約書できちんと定めておけば、相続人の誤解を避けることができます。

⑶ 委任者の相続人が死後事務委任契約を解除できるか
 委任者Aが生前、寺の僧侶Yに自分の葬儀と供養を依頼して供養料300万円を支払いましたが、遺言書には、葬儀と祭祀の主宰者を僧侶である相続人Xに指定していました。委任者としての地位を承継したXは、Yに対して死後事務委任契約を解除し、Aが預けたお金の返還を求めました。裁判所は、死後事務委任契約は、「契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨」とし、解除を認めませんでした(東京高裁平成21年12月21日)。
 委任者は死後の事務処理をしてもらうために委任契約を締結したのに、委任者の相続人に契約を解除されてしまっては、委任者の遺志が反映されません。そのため、死後事務委任契約書において、委任者の相続人が解除できる場合を、受任者に契約違反があった場合等に制限することが考えられます。
 なお委任者が、死後事務委任契約書や遺言書を作成してから年月を経過するなどして、死後事務委任契約と遺言書に矛盾する条項が生じてしまっている場合も、受任者はどうしてよいか困ってしまいます。そこで、委任者と相談の上、その場合の優劣関係について死後事務委任契約書に定めておくことが望ましいと考えます。

⑷ 死後事務委任なのか負担付贈与なのかが争いになった事例
 委任者AはYに、葬式と入退院を繰り返す子の世話を頼んで、2300万円余りの入った預金通帳と印鑑を渡しました。相続人Xは不法行為または不当利得であるとしてXにAが預けた預金の返還を求めました。事務処理の費用を控除した預金の残りが負担付贈与であるのか争いになりましたが、裁判所は、子よりも12歳年長のYに子の死亡時の残金を贈与するのは不合理であるなどとして、死後事務委任契約であるとし、正当な支出として認められる額を差し引いて、Yに対し、1900万円余りの返還を命じました(高松高裁平成22年8月30日)。
 このようなトラブルは、死後事務委任契約書を作成し、預り金と費用の精算条項や、相続人への報告義務を定めておけば、回避できると思います。

 お世話になる受任者を相続人等とのトラブルに巻き込むのは、亡くなった委任者としても本意ではないでしょう。トラブルになりそうな上記の場合について、生前、委任者としっかり話し合って契約条項でその場合の処理を定めておけば、受任者としても安心できます。
                                                  以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q32】代表の父が認知症になったら会社はどうすれば… 令和3年10月5日

【Q32】代表の父が認知症になったら会社はどうすれば…
                                          令和3年10月5日
                                         弁護士 亀井 美智子

 父が経営する会社は、父が全株所有しており、会社の業務は父がほとんど一切を取り仕切っています。父も高齢となり、最近急に物忘れが酷くなりました。今後、もし父が認知症になってしまったら、会社の従業員、取引先との関係や、銀行への返済がどうなるのか不安です。

【A32】
 父が認知症により会社経営が難しくなった場合、会社業務を後継者に承継させる方法としては、まず家庭裁判所に申し立てて成年後見人を選任してもらいます。そして、成年後見人が父の法定代理人として株主総会における議決権を行使して、後継者を取締役に選任する方法が考えられます。なお、成年後見が開始されても、改めて父を取締役に選任するなどの選択肢もあります。

【解説】
1 父の取締役の資格
 父について成年後見が開始されると、父は取締役退任となり、会社を経営できなくなります。というのは、会社と取締役との関係は、委任契約関係です(会社法330条)。取締役が選任後に後見開始の審判を受けると、委任は終了するからです(民法653条3号)。
 もっとも後見開始の審判を受けても、株主総会で成年被後見人を、取締役に選任することはできます。令和元年の会社法改正により、取締役の欠格事由から「成年被後見人」が削除されました。成年被後見人が取締役に選任されると、成年後見人が、成年被後見人の同意を得たうえで、会社に対し、成年被後見人に代わって就任の承諾をすることになります(会社法331条の2、1項)。
 ただし、会社は、成年被後見人であることを承知の上で取締役にしたわけですから、取引安全の観点から、成年被後見人が取締役として行った契約や取引等の行為について、行為能力の制限によっては取り消すことができなくなります(同条、4項)。

2 成年後見人ができること。
 ところで、成年後見人が法定代理人として取締役の業務を行えばよいではないかと思われるかも知れませんが、成年後見人は取締役の業務を行うことはできないと解されています。成年後見人が代理できるのは、成年被後見人の財産の管理と、その財産に関する法律行為であり(民法859条1項)、会社の業務執行は、含まれていないからです。

 もっとも、成年後見人は株主権を含む父が所有する全ての財産管理を行いますから、後見人が大株主である成年被後見人の法定代理人として、株主総会での議決権を行使する場合もあります。そこで、このケースでは成年後見人が、株主総会での議決権を行使し、父の意思を推測して後継者と思われる人を取締役に選任することが考えられます。
  
3 仮取締役の選任
 もし後見開始により被後見人が退任になると、会社の取締役(代表取締役)が誰もいなくなる場合、または定款に定める取締役(代表取締役)の人数が足りなくなる場合は、裁判所が必要と認めれば、一時的に取締役(代表取締役)の職務を行う者を選任する制度があります(「仮取締役」「一時取締役」と言われています。会社法346条2項、351条2項)。仮取締役の権限は、本来の取締役と同じです。
 後継者がすぐみつかれば、上記のとおり、成年後見人が代理人として父の議決権を行使して株主総会でその人を取締役に選任すればよいのですが、後継者探しに時間がかかり、その間、直ちに処理しなければならない重要な会社の業務のある場合も考えられます。
 そのような場合は、利害関係人から裁判所に、仮取締役の選任を申立てますが、株主は利害関係人に含まれるので、成年後見人は株主である成年被後見人を代理して仮取締役の選任を申立てることができます。
 ただし、申立ての際に納付を求められる予納金の金額は高額になることも少なくないので注意が必要です。仮取締役に選任されるのは原則弁護士で、予納金は、次期取締役が選任されるまでの間にその人に支払われる月額報酬や費用の支払を担保し得る額を想定しているので、100万円以上になることも珍しくありません。

4 以上のとおり、成年後見人が選任された後も手続きは容易でないので、会社の経営を円滑に継続させるためには、父がお元気なうちに、その意思を確認するなどして会社の後継者を決め、できればその方に取締役に就任してもらっておくことが望ましいと考えます。
                                                  以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q31】認知症の親の延命治療について 令和2年9月1日

【Q31】認知症の親の延命治療について
                                           令和2年9月1日
                                         弁護士 亀井 美智子

 私の母は、数年前に認知症の診断を受け、現在は特養に入所しております。最近の母は、ほとんど言葉を発することもなく横になって過ごし、ときどき誤嚥性肺炎で入院する状態です。今では延命治療を望むかどうかについて、母の意思を聞くことは難しいと思いますので、いざとなったら、延命治療を受けるか否かについて家族で話し合って決めることができるのか、とても不安です。家族で意見が分かれてしまったら、どうすればよいのでしょうか。

【A31】
 認知症の方でも「意思決定支援」(後記3項ご参照)により、あらかじめ延命治療について本人の意思を確認できれば、それが最も望ましいと思います。それでも本人の意思確認ができない場合の医療・ケアに関しては、平成30年3月に厚生労働省が示したガイドライン「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」があり、家族などの意見が一致しない場合についても解説されています(後記5項ご参照)。このガイドラインにそって、家族や本人と親しい方、担当医師など医療や介護にあたっておられる方々と、延命治療に対する本人の考え方・意思について何度か話し合ってみられてはいかがでしょうか。

【解説】
1 延命治療とは
 延命治療とは、生命維持処置を施さない場合には短期間で死亡することが必至の状態である場合に、それを施すことによって、生命の延長を図る処置・治療のことをいいます。たとえば、心肺蘇生、気管切開による人工呼吸、経管栄養や胃ろうによる人工栄養などがあります。

2 本人の同意が必要なこと。
 延命治療も医療行為ですから、治療を行うには本人の同意が必要です。
 医療行為は、患者と病院等とが診療契約を結ぶことにより始まりますが、医師が具体的に手術など生命身体への侵奪となる医療行為を行うには、さらに患者本人の同意(医療同意)が必要です。本人の同意がない医師の医療行為は、緊急避難(例えば、命が危険に瀕しており、本人に説明して同意を得ている暇がない。)など特別の事情がない限り、違法行為(不法行為)になってしまいます。
 そして、本人の医療同意は、医師から本人に、自己の病状と治療の内容、選択可能な他の治療方法、それぞれの治療に伴う危険性、治療を受けなかった場合の予後等について説明を行い、質疑などを通じて本人が十分理解した上で、同意することが必要です(インフォームド・コンセント)。
 医師の説明義務に関する参考判例を上げますと、乳がん手術の医師の説明義務の範囲について争われた事例で、最高裁は、「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。」と述べています(最高裁 平成13年11月27日)。

 したがって原則として、延命治療を行うには、本人が、医師から自己の病状、治療内容や治療の選択肢等について十分な説明を受け、理解したうえで、その治療を受けることに同意する意思決定を行うことが必要です。

3 意思決定支援
 認知症の方も意思決定能力がなくなるわけではありませんが、理解力や判断力が弱まるので、自己決定をするには他の人の助けが必要です。
 認知症の方の意思決定支援とは、本人と信頼関係にある意思決定支援者(家族、親しい友人、医療・福祉関係者、成年後見人など)がチームとなって継続的に本人の能力を補い、意思決定の環境(場所、時期、本人の体調など)に配慮しながら、本人に説明や確認を繰り返して意思形成や意思表明を支援することで、本人が自己決定を行い、ひいては支援による意思実現を可能にしていくという考え方です〔厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(平成30年6月〕〕。

4 本人の意思確認ができない場合の医療行為
 意思決定支援を行っても、本人が延命治療について医師の説明を理解することができないか、延命治療を受けるか否かを判断する能力がない場合は、どうなるのでしょうか。
 本人の医療に関する同意は一身専属的なもので、他者が代理できる性質のものではありませんが、医療現場では、本人の近くにいてその意思を推測できる立場にある家族や近親者に病状、手術をした場合としない場合に予想される今後の経過、手術に伴う合併症等について説明し、同意を得ることで手術等医療を行うことが承認されています。
交通事故で頭部打撲により意識レベルが低下している本人の手術が必要となった事例で「一般的に,患者の手術が必要であると判断されたときには、まず患者の家族に対し、病状、検査結果、手術をした場合としない場合にそれぞれ予想される今後の経過、手術に伴う合併症等について説明をし、同意を得ることが必要」と家族の同意による手術を認めた判例もあります(高松高裁平成17年5月17日)。

5 平成30年3月、厚生労働省は、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」 を発表しました。
 このガイドラインの中で、「本人の意思が確認できない場合」に、医療・ケアチームの行う判断の手順については以下のとおり述べています。
① 家族等(本人が信頼を寄せ、人生の最終段階を支える存在である親族、親しい友人など)が本人の意思を推定できる場合は、その推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針をとる。
② 家族等が本人の意思を推定できない場合は、本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとって最善の方針をとる。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、このプロセスを繰り返し行う。
 そして、話し合った内容は、その都度文書にまとめておくよう求めています。

 また、家族等の中で意見がまとまらない場合や、家族等と医療・ケアチームの間で合意ができない場合について、このガイドラインは、医療・ケアチーム以外の複数の専門家からなる話し合いの場を別途設置し、方針等についての検討及び助言を行うことが必要とされています。

6 ACPについて
 前項のガイドラインの基礎となっているのは、ACP(アドバンス・ケア・プラニング)という考え方なので、ご紹介しておきたいと思います。
 ACPとは、最後まで本人の意思を尊重した医療・ケアを提供し、尊厳ある生き方を実現することを目的とし、人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセスのことです。本人の考えがチームで共有されていれば、本人が自らの意思を伝えられない状態になったときでも、本人の意思を尊重した医療ケア方針の決定を行うことにつながります。この考え方は、事前指示書が残されていても本人の意思が家族等医療ケアチームと共有されていないと本人の意思を反映した医療ケアが十分に提供されないことの反省に基づいています。
 なお、健康状態の変化などで考え方が変わることもありうるので、この話し合いは繰り返し行われることが必要で、話し合った内容は、その都度文書にまとめておきます。
 過去にACPが行われていれば、現在の本人の意思が確認できない場合でも、チームで協議を重ね、本人の意向、身上、信念、価値観その他本人が大切にしていることを前提として、本人の最善の利益にかなうように延命治療を含む医療やケアを行うことが可能でしょう。
 今後はACPの考え方が広く普及し、高齢者は自己決定できるうちに、医療・ケア機関あるいは在宅医療において、延命治療等終末期の医療に関して説明を受け、家族を交えて何度か話し合うことが一般化するよう期待します。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q30】後見制度支援信託とは 令和2年8月1日

【Q30】後見制度支援信託とは
                                           令和2年8月1日
                                         弁護士 亀井 美智子

 母を施設に入所させるため、母の後見開始申立てをしましたが、裁判所から、今後専門職後見人の調査を経て、預貯金を信託にするか、そうでなければ後見監督人を付けることになるだろうと言われました。私はこれまでも母から信頼されて母の財産を管理してきました。私が母のお金を不正に使ったりすることは絶対にありませんので、どちらも必要ありませんし、必要もない調査で費用は払いたくありません。なんとかならないのでしょうか。

【A30】
 後見制度支援信託は、もともと後見人の不正防止のための制度ですが、東京家庭裁判所では、後見人候補者の適格性とは関係なく、本人に500万円以上の流動資産がある場合については、後見制度支援信託ないし後見制度支援預貯金(以下合わせて「信託等」といいます)を検討することとし、専門職後見人の信託等利用の適否に関する調査報告を前提として、信託等が適当でない場合は、後見監督人が選任されるのが原則です。法律上の根拠としては、民法863条2項に基づいて、裁判所が職権で後見事務について必要な処分を命じるものです。

【解説】
1 後見制度支援信託とは
 後見制度支援信託というのは、本人の財産のうち、 日常的な支払いをするのに必要な金銭に限って預貯金等として後見人が管理し、それ以外の通常使用しない金銭は信託銀行等に信託する仕組みです。信託財産は、元本が保証され、預金保険制度の保護対象にもなります。後見事件が対象で、保佐、補助、任意後見は対象外です。
 後見制度支援信託にすると、後見人が信託財産を払い戻すには予め裁判所が発行する指示書が必要になります。もっとも月々の収支が赤字になることが予想される場合に、信託銀行から毎月一定額の支払を受ける定期交付金を設定することもできます。
 信託銀行等に信託することに代えて,より身近な金融機関である銀行、信用金庫等に金銭を預け入れる仕組みもあります(後見制度支援預貯金)。

2 信託等利用の適否に関する調査について
 裁判所は、後見人候補者の了解を得た上で、信託等の利用を検討することが相当であると判断した事件について、専門職後見人に調査を求めますが、それは詳細に調査すると次のような事情が判明して信託等が適当でない場合があるからです。
 もっとも、下記の事情があっても、他の事情により信託等が不適とはいえない場合や、その事情が解決すれば、信託等の利用が適当な場合もあると考えられます。

① 本人が解決に専門的知見が必要な問題をかかえている場合
 本人が、遺産分割、交通事故による損害賠償請求、扶養請求、訴訟などの問題をかかえており、対応に専門的知見が必要な場合。
 本人の財産を売却換金して資金を作る必要があるが(たとえば借入金の返済)、その財産の処分に専門的知見が必要な場合(借地、担保付マンションなど)
② 信託等のできない管理が複雑な多額の財産をもっている場合
 多数の賃貸不動産がある、株式・投資信託等多額の金融資産を有している場合など。
③ 近々大きなお金を使う予定があり、収支予定を立てることが困難な場合
 介護施設への入所、転所が必要。
 病状が安定しない。
 事業上の多額の借金があるなど。 
④ 特定の預貯金を相続させる内容の遺言書がある場合
 遺言書による遺贈の意思が信託行為により撤回とみなされることがあります(民法1023条2項)。また、後見人が預貯金を信託銀行の口座に移すことにより、遺言書において、ある人に相続させることにしていた特定の銀行等の預貯金が無くなり、事実上取り消される効果を生じてしまう場合が考えられます。
⑤ 財産管理や身上監護をめぐって親族間に紛争がある場合
⑥ 後見人候補者について下記のような問題があり、後見監督人の選任が望ましい場合
 本人に対し身体的・経済的虐待を行った疑いがあること。
過去に本人との間に紛争があったこと。
 今後共同相続人として本人と遺産分割協議を行う必要があるなど利益相反関係が予想されること。
 本人の財産に依存して生活していること。
 本人に対し未精算の多額の借金、立替金債務があるなど。

3 手続きの流れ
 本人に多額の預貯金がある場合について、後見申立て後の手続きの流れについてご説明します。
① 後見開始の審判
 専門職後見人と親族後見人が、権限分掌方式(たとえば専門職後見人は財産管理と身上監護、親族後見人は身上監護)で選任されます。
② 裁判所が信託等利用の適否を調査するよう専門職後見人に指示します。
③ 専門職後見人は、まず本人の財産状況を調査して、財産目録、収支予定等を裁判所に報告します。
④ さらに専門職後見人は、調査と検討結果に基づいて、信託等利用の適否、信託等が適当な場合は信託財産額(手
 許金額)、定期交付金の要否・金額について裁判所に報告書を提出します。
⑤ ④の報告書を検討の上、裁判所が信託等利用に適すると判断すれば専門職後見人に信託契約等の指示書が交付さ
 れます。信託等に適さないと判断すれば後見監督人が選任されると思われます。
⑥ 専門職後見人が信託契約を締結し、あるいは支援預貯金口座の開設を行なって、振込送金を行います。
⑦ 裁判所の許可を得て専門職後見人が辞任します。
⑧ 専門職後見人は、親族後見人に財産管理の引継ぎを行い、裁判所に引継書を提出します。
 なお、専門職後見人、後見監督人の報酬に関しては、裁判所が決定した金額を、本人の財産から支弁することになります。

4 信託等の課題
 信託等に関しては、本人は財産があるのに、ほとんどが信託されてしまい、自由に使えなくなる、信託後は後見人が財産の利用を躊躇し、本人のために使おうとしなくなる、という問題が指摘されています。
 成年後見制度利用促進専門家会議も、「成年後見制度利用促進基本計画に係る中間検証報告書」(令和2年3月17日)において、「後見制度支援信託又は後見制度支援預貯金の利用により、本人の財産の保全という側面のみが重視されることのないよう、本人の財産を本人のために積極的に活用する考え方について、後見人等の理解を広げていくことが必要である。」と提言しています。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q29】前払金を預けて 令和2年7月1日

【Q29】前払金を預けて大丈夫か

令和2年7月1日
                                         弁護士 亀井 美智子

 父は訪問介護を受けながら一人暮らしをしてきましたが、この度私の家の近くに良さそうな老人ホームが見つかり、入居の契約をしようと思います。前払金ゼロで月額25万円と、前払金300万円で月額20万円の2つのプランがあり、5年以上居るなら、前払金を払った方が以降の家賃が割安になります。父もこのホームを気に入ってくれたので前払金のプランで契約しようと思いますが、最近介護施設の倒産が相次いでいると聞きます。万一このホームが倒産した場合を考えると、前払金のプランは避けた方がいいのでしょうか。

【A29】
 老人福祉法(以下、条文はいずれも同法です。)は、有料老人ホームは、前払金の返還債務を負う場合に備えて保全措置を講じなければならないと定めています(29条7項)。具体的に厚生労働大臣が定める保全措置としては、銀行等の連帯保証、一定の格付が付与されている親会社の保証、高齢者の福祉増進目的で設立された一般社団法人等との保全の契約で都道府県知事が認めるもの等があります。施設の開設時期や自治体の規制によって規制内容は一定ではないので、まずは入居契約書や重要事項説明書で、前払金がどのような場合にいくら返還されるのか、返還について保全措置の有無・方法を確認してください。また、保全措置があっても保証される場合の条件や、保証限度額のある場合もありますから、注意しましょう。

【解説】
1 前払金とは
 前払金(入居一時金)とは、有料老人ホームの入居時に一括して支払うお金です。
 以前は、入居時に数百万円に及ぶ高額な一時金を支払い、入居後、施設のサービスが期待していた内容と異なっていたり、入居者が入院や要介護度の悪化により、早期に退去せざるを得なくなった場合に、一時金の返還を巡って入居者や相続人とトラブルになることがありました。
 そこで、前払金に関して、以下に述べるように様々な規制が定められました。
 まず、前払金は、家賃、介護等日常生活上必要な便宜の供与の対価としてでなければ受領できなくなりました(29条6項、Q16ご参照)。

2 前払金の算定、返還に関する規制について
 また、前払金については、その算定の基礎を書面で明示すること、及び前払金の返還債務を負うこととなる場合に備えて保全措置を講じることが義務づけられました(29条7項)。

 そして、想定よりも早期に退去する場合の前払金の返還額については、①入居後3か月以内に、解除したり、死亡した場合は、前払金の額から、(家賃等の月額)÷30×(入居日から契約終了日までの日数)を差し引いた金額を、②入居して3か月を超えた後、想定居住期間内に、解除したり死亡した場合は、契約終了日から想定居住期間までの日割計算により算出した家賃等の金額を返還する契約を締結しなければならないと定められました(29条8項、老人福祉法施行規則21条1項、2項)。

 さらに、前払金の算定根拠や、返金額については、厚生労働省「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」(平成30年4月2日老発0402第1号)に詳細に規定され、各自治体も同様の定めを置いています。
 たとえば、終身にわたる契約の、前払金の算定根拠について、上記厚労省の指針11⑵三は、(1ヶ月分の家賃又はサービス費用)×(想定居住期間(月数))+(想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額)、としています。
 なお、「想定居住期間を超えて契約が継続する場合に備えて受領する額」(初期消却)を認めるか、認めないかについては自治体でばらつきがあり、例えば「東京都有料老人ホーム設置運営指導指針」11⑷エは、前払金の全部又は一部を返還対象としないことは、適切でない、として初期償却を認めない方針を打ち出しています。

3 前払金返還の保全措置について
 先ほど述べた前払金の具体的な保全措置としては、「厚生労働大臣が定める有料老人ホームの設置者等が講ずべき措置」(平成18年3月31日厚生労働省告示第266号)により定められており、銀行、信託会社、信用金庫等の連帯保証委託契約、保険事業者、一定の格付けを有する親会社との保証保険契約、信託会社等との信託契約、高齢者の福祉増進目的で設立された一般社団法人等との保全のための契約などとされています。
 29条7項の保全措置義務は、この改正法が施行された平成18年4月1日以降に開設した施設が対象ですが、令和3年4月からは全施設が対象となります。
 どのような保全措置が実際に行われているかについて、厚生労働省が発表した令和元年6月30日時点の調査結果によれば、銀行等の連帯保証契約が約4割と最も多く、次いで信託会社等による信託契約、全国有料老人ホーム協会による入居者生活保証制度が利用されています。
 この内、全国有料老人ホーム協会による入居者生活保証制度の概要は同協会のHPで公表されていますが、施設が倒産した場合について、「ホームの入居者全てが退去せざるを得なくなり、入居契約を解除した場合に、損害賠償の予定額として予め定めている金額(保証金額:1人あたり200万円~500万円)をお支払いいたします。」とされています。
 なお、上記の全員退去の要件については、前払金等の債務を除いて別会社に事業譲渡された場合に適用外になるため、要件の緩和が検討されているようです。

4 入居契約のときは
 ところで、前記令和元年6月時点の厚生労働省の調査によれば、都道府県知事に開設届出(29条1項)さえ行ってない未届有料老人ホームは、減少はしているものの4.5%存在し、保全措置義務に違反している施設も2%程度あります。
 そこで、まずは入居しようとする施設が、届出施設であることを、自治体HPの有料老人ホーム一覧表で確認してください。一覧表により他の施設の概要や家賃等月額利用料を比較することもできます(29条9項、10項)。各施設の前払金や保全措置についても一覧表や重要事項説明書を通じて知ることができます。
 自治体HPや、施設見学の際に、前払金に関して調べるポイントとしては、金額だけでなく、前払金の算定根拠、初期償却の有無、償却期間、償却前の退去時の返還額、償却期間経過後の費用負担、返還についての保全措置の有無・方法、保証先の保証条件、保証限度額などの保証範囲です。
 入居契約を締結しようとするときは、できれば事前に入居契約書と重要事項説明書を見せてもらって、前払金に関して上記の点を確認し、契約に際しては、わからない点は納得できるまで施設から説明を受けてください。                                                   以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q28】母の老後を支える不動産信託 令和2年1月1日

【Q28】母の老後を支える不動産信託
                                           令和2年1月1日
                                         弁護士 亀井 美智子

 母はアパートを所有していてその賃料収入と年金で暮らしています。母も高齢になってアパート経営が大変になり、元気なうちに、アパートを私名義にするので私がアパートを経営し、入った賃料収入から毎月母に生活費を渡してもらいたいといいます。家が近いし、もともと母の面倒は見るつもりでいましたから、引き受けようと思いますが、どういう契約になりますか。またアパートを私名義にすると、私に何かの税金がかかって来ないか心配です。

【A28】
 母を委託者兼受益者、あなたを受託者とする不動産信託契約を結ぶ方法があります。どういう契約か、詳しくは解説をご覧ください。
 税金については、受益者は母ですから、アパートの登記名義をあなたにすることに関しては、譲渡所得税、贈与税、不動産取得税がかかることはありません(ただし、信託登記の登録免許税はかかります)。アパート収入について所得税を支払うのも受益者である母です。ただし、あなたが高額な報酬の支払を受けることにしたり、信託終了時の残余財産の取得者をあなたにすると、贈与税、相続税の問題を生じますので、契約締結前に税理士のアドバイスを受けることが望まれます。

【解説】
1 信託とは
 お尋ねの例で説明すると、委託者(母)が一定の信託目的(アパートの賃貸収入を母の生活費等に充てることで安定した生活を送れるようにすること。)を設定したうえで、委託者が所有する信託財産(アパートの所有権等)を受託者(質問者)に完全に移転します。そして、受託者は信託目的に従って受益者(母)のために信託財産の管理処分等必要な行為(アパート経営等)を行います(信託法2条)。
 お尋ねのケースでは、母が委託者兼受益者となる場合ですが(「自益信託」といいます。)、例えば夫が自分の死後、妻の生活を心配して受益者を妻とする場合のように、委託者と受益者が別の人になることもあります(「他益信託」といいます。)。
 そして、本件のように高齢者や障害者の財産管理を行うことを目的とした信託は、「福祉信託」「家族信託」などと呼ばれています。

2 信託契約で決めること。
 信託契約で決めておく主な内容を以下に述べますが、信託契約は、母がしっかりしているうちに締結しなければなりませんし、その契約内容は、今後想定される事態にも対応できるよう、生活環境や他の家族の状況も考慮してそのケースに応じた条項を漏れなく盛り込む必要がありますので、法律の専門家のアドバイスを受けることをお薦めします。
⑴ 信託財産の範囲
 アパートの建物と底地の所有権を受託者(質問者)に移転し、信託の登記を行います。
 賃借人との賃貸借契約関係も受託者が承継し、賃貸人の債務(例えば修繕義務、敷金返還債務)を承継しますので、当面のアパートの経営に必要な現金も、信託財産に加えて引き継ぐ必要があります。
⑵ 受託者の信託事務
 本件の信託事務は、アパートを賃貸、管理して得た賃料等から、固定資産税、保険料、修繕費用等必要経費を支払い、残額から生活費、医療費、介護費用等に充てるため受益者(母)に振込送金すること等です。
 なお、老人ホームの入居などまとまった金額が必要となる場合のため、受託者にアパートを売却処分する権限を与える場合もあります。
⑶ 信託開始時期
 信託は、信託契約の締結時点から始めてもよいですが、母が要介護認定を受けたときに始める場合も考えられます。
⑷ 信託報酬について
 例えば委託者(母)が受託者(質問者)に、信託事務の報酬として月額数万円を支払うことが考えられます。
⑸ 信託監督人、受益者代理人の指定
 受益者(母)が受託者(質問者)を十分監督できるか不安がある場合、受益者は、受託者を監督する信託監督人を選任することができます(信託法131条)。信託監督人は、受託者から信託事務の報告を受け、受託者を指導、監督します(同法132条、92条)。
 受益者を代理して受益者の利益を主張してくれる受益者代理人を選任することもできます(同法138、139条)。
⑹ 信託終了時の残余財産の帰属者
 残余財産の帰属者は、信託が受益者の死亡により終了する場合と、受益者が存命中に受益者との合意等により終了する場合とに分けて考える必要があります。ただし、税務上は贈与税、相続税の問題を生じますし、死亡による終了の場合は遺留分の問題にも配慮する必要があります。なお、相続問題については、信託契約締結と同時に遺言書を作成する事例も見られます。

3 受託者の義務
 受託者の主な義務を上げると、信託事務遂行義務、分別管理義務、帳簿等作成義務、報告義務があります。
⑴ 信託事務遂行義務(信託法29条1項)
 受託者は、前記の信託目的が達成されるよう、母からアパートの所有権を取得して賃借人との賃貸借契約を承継し、アパートの賃料収入から母に生活費等を渡して、母が安定した生活を送れるよう信託事務を処理します。
⑵ 分別管理義務(信託法34条)
 受託者は、アパートの建物など信託の登記、登録ができるものについては、それを行う義務があります。それ以外の金銭などは受託者の固有財産と分けて管理しなくてはなりません。金銭は計算上明らかにすれば足りるとされていますが(同法34条1項2号)、受託者と他の相続人や債権者との関係を考えると、金銭も外形上も区別することができるよう信託口座を設けて分別管理することが望ましいと考えます。
⑶ 帳簿作成・報告義務等(信託法37条、36条)
 信託財産目録、現金出納帳、預金出納帳(通帳のコピーに取引内容を補記したものでもよい)、毎年1回貸借対照表(計算期間満了時の信託財産目録でもよい。)、損益計算書(収支計算書でもよい。)などを作成し、受益者に報告する義務があります(同法37条)。
 受益者の方からも、受託者に、事務処理の状況、財産、債務の状況について報告を求めることができ(同法36条)、上記の帳簿等書類について閲覧・謄写請求権があります(同法38条)。 

4 信託のメリット、デメリット
 信託は、本人の資産が高額であったり、賃貸アパートなど収益物件が含まれ、本人の財産管理の負担が大きい場合に有用な制度です。
 そして、信託は受託者に所有権等を移転するため、重要な財産を信託財産とすることで、本人の財産を保全することができます。例えば浪費家の親族から求められたり、詐欺にあったりして自分に不利益な処分をしてしまう事態を回避することができます。
 また、成年後見は、本人が精神上の障害により判断能力が衰えたときに利用できる制度であるのに対し、信託はそのような状態になる前に備えることができます。
 なお、信託目的の設定によっては、例えば委託者の死亡後は妻の生活費に充てるよう求める場合のように、委託者死亡後も委託者の生前の意思に従って財産管理をしてもらうことができます。

 他方、受託者の権限は、信託財産の管理処分権にすぎず、身上監護は含まれません。また、公的年金など全ての財産を受託者に移転することが事実上できないため、委託者に残る財産管理は委託者自身が行うことになります。
 そこで、委託者の判断能力が衰えたとき、受託財産以外の財産管理や身上監護のため、受託者を任意後見人にすることも考えられます。
 後見人は、受益者である本人の利益を守る立場であるため、後見人と受託者が同一人物になると受託者を監視する機能が失われる点を指摘する人もいますが、任意後見は、任意後見監督人が選任されますし(任意後見契約に関する法律2条1号)、必要に応じ信託開始当初から前記信託監督人等を付ける解決策もあります。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q27】任意後見人を別の人に替えたい 令和元年5月8日

【Q27】任意後見人を別の人に替えたい     
                                             令和元年5月8日
                                         弁護士 亀井 美智子

 私の母は、兄を任意後見人とする任意後見契約を結びました。後見人の報酬としては、母の遺産を全て兄に相続させることとし、遺言書も作りました。しかし、その後母は、大病を患って所有していた自宅を売却せざるを得なくなり、遺産はわずかな預金以外はなくなりました。兄は急に母とは疎遠となり、母が入院しても見舞にも訪れなくなりました。母は怒って、兄には任せられない、弟の私に任意後見人になってほしいといいます。任意後見人を私に替えることはできるのでしょうか。

【A27】
 任意後見契約が発効する前(任意後見監督人が選任される前)の場合、お母さんはいつでも任意後見契約を解除することができます。ただ手続が少し面倒です。解除の通知は、公証人の認証を受けたうえで兄に送付しなければならず、また、兄の任意後見契約の終了登記も行う必要があります。解除後に新たにあなたと母の間で任意後見契約を結んでください。

【解説】
1 任意後見契約とは
 任意後見契約というのは、自分の判断能力が不十分になったときの財産管理や療養看護な どに関する事務を、予め自分の信頼できる人に引き受けてもらう契約で、公正証書にする必要があり、公証人の 嘱託により任意後見の登記がなされます。
 本人の判断がしっかりできるうちに、財産をどのように管理してもらいたいのか、身上監護はどのように行ってもらいたいのかを本人が自分で決めてお願いしておけるので、老いの準備といわれています。
 そしてこの契約は、本人の判断能力が不十分になり、任意後見を引き受けた人(以下「受任者」といいます)などが裁判所に請求し、裁判所が任意後見監督人を選任したときに初めて効力を生じます(任意後見契約法2条1号)。以降は判断能力が十分でない本人の代りに任意後見監督人が監督する下で、任意後見人が任意後見契約の内容に従って後見事務を行うことになります。
 ところで、任意後見契約を結んだけれども、その後の事情により任意後見人を別の人にお願いしたい場合、まずは現在の受任者との契約を解除する必要がありますが、任意後見監督人が選任される前か後かにより手続や難易度が異なってきます。

2 任意後見監督人が選任される前
 任意後見監督人が選任されておらず、任意後見契約がまだ発効していない場合なら、本人から受任者への通知により、任意後見契約を解除することができます(任意後見契約法9条1項)。 手続きとしては、内容証明郵便の書式で作成した解除通知書に公証人の認証を受けた後、配達証明付きで、受任者に送付し、その解除通知書の謄本と配達証明書を法務局に提出して任意後見終了の登記をしてもらいます。任意後見終了の登記が必要なのは、この登記をしないと、任意後見人の代理権が消滅したことを第三者に対抗できないためです(任意後見契約法11条)。

3 任意後見監督人が選任された後
 任意後見監督人が選任され、任意後見契約が発効している場合、本人から任意後見契約を解除することは自由には行えなくなります。解除するには、「正当事由」と「裁判所の許可」が必要です(任意後見契約法9条2項)。というのは、この時点では既に本人は判断能力が十分でない状態ですから、解除を自由に認めるとかえって本人の利益を損なうおそれがあるためです。
 「正当事由」というのは、たとえば任意後見人の病気や遠方への転居のために職務遂行が事実上困難であるとか、本人との信頼関係が破綻した場合や、任意後見契約で約束したことを守ってくれない場合などが考えられます。 しかし、この時点では解除について本人の判断能力は十分でないですし、任意後見人は任意後見監督人の監督の下に行動しているわけですから、裁判所が解除の正当事由を認めて許可するか、容易でないように思います。
 もっとも、不正行為や著しい不行跡等がある場合は、裁判所は、本人のみならず親族、任意後見監督人の請求により、任意後見人を解任することができます(任意後見契約法8条)。

4 任意後見監督人選任前の事由で選任後に解除、解任する場合
 ところで、任意後見監督人が選任された後に、任意後見人として不適任である過去の事情が見つかることもあると思います。しかし以下のとおり、判例は、任意後見監督人が選任された後では、任意後見監督人の選任前に任意後見人として相応しくない事由(例えば、本人の財産に不利益を及ぼす行為をしていた)があっても、原則として解任は認めませんので、注意が必要です。

 親族からの解任請求の判例ですが、「任意後見契約は任意後見監督人が選任されたときからその効力を生ずるものであるから,原則として,任意後見人解任事由としての任務に適しない事由とは,任意後見監督人選任後の事由である」とし、任意後見監督人選任以前の事由を解任事由とした申立てを却下した判例があります(名古屋家裁 平成22年1月6日)。
 また、この審判の不服申立て(即時抗告)に対して、裁判所は、もし受任者に任務に適しない事由があれば、任意後見契約法4条1項3号ハ(受任者が「不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者」のときは任意後見監督人を選任しないとする規定)により、裁判所は任意後見監督人を選任できない定めになっているから、選任以前の事由は解任事由として認められない、とした決定があります(名古屋高裁 平成22年4月5日)。つまり、任意後見監督人が選任された以上、裁判所が、任意後見人には、それ以前に解任事由は存在しないと判断したことになるから、今更問題にできない、と言っているのです。

5 お尋ねのケース
 お尋ねのケースでは、お母さんはご自身で判断ができる状態のようですので、まだ任意後見監督人が選任されていない場合と思います。そうであれば、2項の手続きにより、兄との任意後見契約を解除して任意後見終了の登記を行ってください。
 いずれにしても、前記のとおり、報酬の件で急に母と疎遠になった程度の事由だと、任意後見監督人の選任後はなかなか解任も解除も認められません。ですから、解除通知は、母の判断能力に問題がなく、兄が任意後見監督人選任の請求を行う前に、すみやかに行う必要があると考えます。
 なお、兄に相続させる旨の母の遺言書も、新しい遺言書を作成すれば、後で作成した遺言書が優先するため(民法1023条1項)、容易に変更が可能です。                                                                               以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q26】 お墓の権利を承継したい 平成31年2月12日

【Q26】お墓の権利を承継したい

平成31年2月12日
弁護士 亀井 美智子

 父は母の死後、高齢で再婚し、昨年暮れに亡くなりました。父が管理していた家の墓は長男である私が管理していくつもりだったのですが、後妻が、生前父から墓のことを頼まれたと言って、父の死後すぐにお寺との墓地の永代使用契約を承継してしまいました。父と生活したのは数年に過ぎないのに後妻に家の墓の管理を任せるなど到底納得できません。墓の権利を私が承継する方法はないでしょうか。

【A26】
 お墓の権利は祭祀承継者が承継しますが、祭祀承継者は、被相続人の指定があれば、その人になります(民法897条1項但し書)。もっとも被相続人の指定の存否に争いがある場合、家庭裁判所に祭祀承継者指定の申立を行うことができます。その際、裁判所に、祭祀承継者の指定と共に、お墓の引渡し、墓地使用承諾証など使用権者の名義変更に必要な書類の引渡しを求めることも可能です。ただし、被相続人が祭祀承継者を後妻に指定していたことが明らかになれば、裁判所は後妻を指定することになります。

【解説】
1 祭祀承継者とは 
祭祀承継者とは、祖先の祭祀を主宰すべき者です。祭祀財産は、相続財産ではなく、祭祀承継者が承継します。 祭祀財産とは、系譜、祭具、墳墓をいいます。系譜とは家系図、祭具とは位牌、仏壇など、墳墓とは墓石、墓地(所有権、用益権)などです。

2 祭祀承継者の決定方法 
祭祀承継者は、まず被相続人の指定によって定まり、それがなければ慣習に従い、慣習が明らかでなければ、裁判所が指定します(民法897条)。以下詳しく述べます。

 なお、祭祀承継者に指定されると辞退することはできませんが、祭祀承継者に指定されても祭祀施行義務を負うわけではなく、また祭祀承継者は、祭祀財産を自由に処分することができます。

(1) 被相続人の指定
 被相続人の指定は、遺言書等の書面にしなくても、口頭でもかまいません。
 また、黙示の意思表示でもかまいません。判例では、被相続人が家産の全てを長女に贈与した場合に、長女を祭祀承継者とする意思を具現したものとした事例(名古屋高判昭和59年4月19日)、被相続人が墓碑に建立者として二女の氏名を刻印させていた場合に、二女を祭祀承継者とする意思を明らかにしたと認めた事例(長崎家諫早出審昭和62年8月31日)、があります。

(2) 慣習による指定 被相続人の住所地、出身地、職業などにより、長年にわたって維持してきた地方的慣習が存在するかどうかですが、慣習の存在を認めた判例がありません。
 長男が祭祀承継者となる慣習がある、と主張した事例もありますが、裁判所は、それは封建的な家族制度を廃止し個人の尊厳自由等を基礎として制定された新民法の立法趣旨に反することになるから慣習として扱うことはできない、とか、現行法施行後も旧法当時と同様に長男子において祭祀を主宰する習慣が存在するかは明らかでない、などとして慣習による指定を認めようとしません。

(3) 裁判所による指定
 被相続人の指定も慣習もない場合は、相続開始地の家裁が審判により定めることになります。
 ところで、誰を相手方として審判を申し立てるかですが、祭祀承継者は相続人が相応しいとは限らないため、相続人のほか、祭祀財産の権利承継につき法律上の利害関係を持つ親族又はこれに準ずる者を相手方(以下「関係者」といいます)とします(東京家審昭和42年10月2日)。
 次に、裁判所はどのような人を祭祀承継者に指定するかですが、裁判所は、苗字、長子か否か(例えば、被相続人と同居して農業に従事し跡継ぎである二女)、相続人であるか否かにかかわりなく(例えば、内縁の妻)、親族でない人(例えば、墳墓墓地を事実上管理供養している内縁の夫の孫)を指定することもあります。また、通常は一人ですが、複数を認めた事例(例えば、仏壇等祭具の承継者は現在管理している長男、墳墓の承継者は三男とする)もあります。
 判断基準として、裁判所は、被相続人との身分関係、緊密な生活関係、祭具等との場所的関係、祭具等の取得の目的や管理等の経緯、祭祀主宰の意思や能力、利害関係人の生活状況や意見を総合して判断し、被相続人に慕情、愛情、感謝の気持ちを持ち、被相続人が生存していたら指定したであろう者を承継者と定めるのが相当であるとしています(東京高決平成18年4月19日)

3 関係者の協議
 実際には相続人の協議で決めることが多いと思いますが、民法897条には、相続人や関係者の協議で決定する方法を定めていないので、協議で決めることができるのか疑問があり、否定した判例もあります。しかし、通説は、民法897条は、関係当事者の合意によって承継者を定めることを排除した趣旨とは解されないとして関係者の協議による決定を認めています。
 そのため、祭祀承継者として指定を受けたい者が、関係者に対し、相手方の住所地を管轄する家裁に家事調停を申し立てることもできます。

4 被相続人の指定の存否に争いがある場合
 この場合も、被相続人の指定の存在を争って審判の申立をすることができます。
 お尋ねのケースでは、被相続人が後妻を祭祀承継者に指定したのではないと争って審判を申し立てることができます。
 ただし、前述のとおり、民法897条により、被相続人の指定があれば、その人に決まるわけなので、最終的に被相続人の指定があったことが認められた場合、家裁は申立を却下するのか、それともその指定に従って家裁が承継者と定めるのか、という問題があります。

 しかし、審判によって被相続人の指定があることが分かっても、裁判所が申立を却下してしまうと、その審判でせっかく調べたことが無駄になりますし、祭祀承継者に対して再び被相続人の指定を争う人から審判の申立がなされる可能性があり、祭祀承継者の地位が安定しません。そこで、裁判所は、被相続人の指定があると分かれば、その人を祭祀承継者と定めています。

 お尋ねのケースで、父が墓のことを頼んだのは、例えば後妻にお寺への管理料の支払いをきちんと行うよう頼んだだけで、後妻を祭祀承継者に指定するまでの意味ではなかったかも知れません。そこで、後妻など相続人間での話し合いがうまくいかなければ、家庭裁判所に申立て、はっきりさせるのも一つの解決方法であると思います。

5 墳墓等の引渡命令
 裁判所は、祭祀承継者指定の審判において、当事者に系譜、祭具、墳墓の引渡を命ずることができます(家事事件手続法190条2項)。
 この付随処分としての引渡しには、所有権移転登記手続きや墓地使用権者の名義変更など物や権利の譲渡に必要な手続きを含むと解されます。
 お尋ねのケースでは後妻がお寺の墓地使用承諾証を所持していると思われますが、家事審判により、あなたが祭祀承継者に指定されれば、同時にお墓の引渡しのほか、墓地使用承諾証など使用権者の名義変更に必要な書類の引渡しを求めることも可能です(福岡家小倉支部平成6年9月14日)。
                                                      以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q25】 債務返済を相続人に託する遺言書の書き方 平成30年12月14日

【Q25】債務返済を相続人に託する遺言書の書き方
                                            平成30年12月14日
                                         弁護士 亀井 美智子

 私は高齢の父母と父所有の家で同居しています。父によると、過去に事業のため借り入れたローンが600万円程残っているそうで、父は、「私に万一のことがあったときは、遺産は全てお前にあげるので、ローンの返済は遺産から行ってほしい。」と言っています。相続人は母、私、弟で、父の財産は自宅の土地建物(2000万円程度)と預貯金(約1000万円)です。父に遺言書を書いてもらおうと思いますが、どのような内容になるのでしょうか。

【A25】
 債務があって相続人に遺産で返済するよう遺言しておきたい場合、遺言書の書き方としては、2つあります。①債務の負担付で相続人の一人に財産の全部又は特定の財産を相続させる方法か、②財産の全部または特定の財産を換金して債務を清算後、残りの財産を相続人らに遺贈する方法です。

【解説】
1 債務の承継に関する遺言の効力
 まず前提として知っておかなければならないのは、遺言で特定の相続人に債務を承継させると定めても、その効力は債権者に対しては及ばないということです。金銭債務(たとえば借金)のように分けることができる債務(可分債務といいます。)は、債権者との関係では、相続開始と同時に法定相続分に応じて分割して承継されることになります。お尋ねのケースでは、母300万円(2分の1)、相談者150万円(4分の1)、弟150万円(4分の1)です。
 遺言の定めが効力を生じるのは、相続人の誰かが債権者の請求に応じて弁済した場合の相続人間の清算関係です。たとえば、債権者が母に亡父の借金の法定相続分300万円を請求し、母が支払ったときは、遺言で相談者が全債務を負うことになっていれば、母は相談者に、300万円を清算してくださいと請求できることになります。

 なお、相続人の一人に財産を全部相続させるという遺言があった場合は、仮に遺言書に債務については何も書かれていなくても、その遺言の趣旨から、特別の事情がない限りは、その相続人に相続債務もすべて相続させる意思が表示されたものと解すべきだというのが最高裁の判例です(最高裁平成21年3月24日判決)。

2 負担付相続の遺言
 負担付相続の遺言とは、債務の負担付で、財産全部を相続させる、あるいは特定の財産、例えば自宅の土地建物を相続させる、という遺言です。
 ところで、一定の法律上の義務の負担付で遺贈する遺言を負担付遺贈といいますが(民法1002条)、この規定は、負担付で相続させる遺言にも準用されると解されています。そこで、負担付相続を受けた人は、負担の履行時を基準として負担が相続の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任があります(民法1002条1項)。そのため負担付相続の遺言をする場合は、相続させる財産の額と債務の額のバランスに注意する必要があります。
 お尋ねのケースでは、600万円程の債務の返済が負担で、相続する財産全部は3000万円程度ということですから、相談者が負担付で父の財産全部を相続すれば、債務の全額について返済する責任があります。

3 清算型遺贈
 清算型遺贈とは、財産の全部または特定の財産(例えば不動産)を処分して債務等を清算した上で、残りの財産を遺贈する、という遺言です。
 換価代金から清算する債務等としては、相続債務のほか、契約費用、仲介手数料、登記費用など換価のための費用なども控除する内容とします。
 お尋ねのケースでは、清算型遺贈だと、不動産等の換価代金で債務等を清算した残金を相談者に遺贈することになりますが、不動産は法律的には一旦相続人全員が相続してそれを第三者に売却することになるため、売買契約の締結や、買主への所有権移転登記に相続人の協力が不可欠です。しかし母弟は、何ももらえないのに協力だけ要求され、おまけに譲渡所得税が課税されることになります。そこで、遺言書で遺言執行者を指定しておき、遺言執行者に換金手続きや登記手続きを行ってもらう方がスムーズです。また、譲渡所得税は前記の「清算する債務等」に含めて換価代金から控除する内容の遺言にしておく方が望ましいと考えます。

 ところで当然のことですが、清算型遺贈は、遺言書で清算の対象となる特定の財産の取得を希望する受遺者(相続人)がいる場合は不向きです。お尋ねのケースでは、相談者は、現在父母と同居しているそうですから、父が亡くなった後も、遺産の建物で母と同居を続けたいとお考えかも知れません。相談者は、ご自身の相続債務の返済資力も考慮の上、負担付相続か、清算型遺贈にするのか、父にご希望を伝えておいてください。

4 遺留分
 父の財産の全部を相談者に取得させる遺言の場合、債務全額を差し引いた財産の価額につき、母は4分の1、弟は8分の1の遺留分減殺請求権を行使することができます(民法1042条、1043条)。たとえば相談者が父と同居して療養看護に努めたなど特別の寄与があったこと、父から母、弟への生前贈与の事実など、父が母や弟に遺産を取得させないことにした理由があるのであれば、遺言書の付言に、書いておいてもらうと父の遺志が明らかになり、遺留分に関する紛争予防になるかも知れません。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q24】 認知症の母の自宅を担保にお金を借りたい 平成30年9月4日

【Q24】認知症の母の自宅を担保にお金を借りたい

平成30年9月4日
弁護士 亀井 美智子

 私は、私が代表を務める会社の資金繰りのため、銀行から2億円を借り入れたいのですが、私の自宅だけでは銀行から担保不足を告げらました。そこで、追加担保として母所有の自宅も担保に入れて、融資を受けたいと思います。母は賛成してくれていますが、高齢で認知症を患い、要介護4の認定を受けています。今後契約などのとき大丈夫でしょうか?

【A24】
 母が担保設定契約書にサインしたとしても、後日、例えば母の相続人から、意思能力の問題で契約の無効を主張される可能性があります。意思能力の問題は、母のため成年後見人を選任すれば解決しますが、成年後見人は、母にとって必要性がなく、むしろ会社が返済できない場合、母は自宅を失うおそれがあることから、担保設定契約の締結には応じないと考えられます。

【解説】
1 意思無能力による契約の無効
 お尋ねの担保設定契約は、事業資金の融資であることから、極度額が2億円を上回る金額の根抵当権設定契約であると推測されます。
 ところで、根抵当権を設定するには、根抵当権に関するそれなりの法的な理解を前提として根抵当権設定契約の意味を理解し、融資を受ける会社の経営状況を考慮し、会社が返済できない場合のリスクと結果を想定して判断する必要があり、後日、根抵当権設定者(母)にこの判断が可能な意思能力があったかが問題とされることがあります。
 母が意思能力を欠く場合、仮に母が根抵当権設定契約書に署名捺印し、契約が成立したとしても、同契約は無効となってしまいます。

 母のように介護認定を受けている人の場合に、無効を主張する側において資料とされることが多いのが介護保険の認定調査票です。要介護認定は日常の生活動作に関する介護の要否に関するもので、直接精神上の障害があることを認定するものではありませんが、認定調査は、市区町村が派遣した調査員が、意思の伝達能力、短期記憶、金銭の管理、日常の意思決定、日常生活自立度、認知機能、精神・行動障害など本人の心身の状況についても詳しく調査を行います。そこで、根抵当権設定契約を締結した時に直近の認定調査票における上記項目の記録は、主治医意見書等と共に、根抵当権設定者(母)の契約締結時の意思能力を推し量る重要な資料となるのです

 また、根抵当権設定には登記が必要となる関係上、契約締結時に司法書士が同席し、各契約書の目的等を母に説明の上、登記委任状にサインを求めていると思いますが、母がその委任状に署名捺印したとしても、司法書士は、銀行側が派遣することが多く、特に親族や親族の関係会社への融資の場合、母の意思確認が親族に任され、司法書士は母とは初対面のこともあり、司法書士が母の意思能力について十分なチェックを行なっていないケースも少なくありません。

2 抵当権設定契約について意思無能力により無効とした判例
 親族が経営する会社Aが融資を受ける追加担保として、亡Bが自宅の持分に3億円の根抵当権を設定した事例で、裁判所は、亡Bは契約締結前に要介護3の認定を受け、その後アルツハイマー型痴呆症と認定されていたこと等から、「Aの債務について極度額3億円の根抵当権設定契約であって、相応の法的な理解を必要とするものであることを併せ考慮すると、Bは、本件根抵当権設定契約締結当時、同契約の意味を理解するだけの意思能力がなかったと認めるのが相当である。」としました(広島高裁平成28年12月1日)。
 また、根抵当権設定契約を締結する5年程前に認知症と診断された亡Cについて、日常の意思決定を行うための認知能力や意思の伝達能力が極めて低い状態であったなどとして「本件抵当権設定契約の意味内容を理解できる能力を有していたとは考えられず、亡Cは意思能力を欠いていたというべきであるから、亡Cによる本件抵当権設定契約締結の意思表示は無効である。」とした判例があります(東京地裁平成28年11月7日判決)

3 成年後見人の選任を行う場合
 母の意思能力の問題については、家庭裁判所に成年後見人の選任申立を行ない、母の代わりに成年後見人に契約してもらうという方法も考えられます。
 しかし、後見人が根抵当権設定契約を行うか否かについては、根抵当権設定契約が被後見人(母)にとって必要であるか否かで判断します。親族の会社が融資を受けるため、被後見人が自宅を担保提供すると、会社が返済困難な場合、抵当権が実行され、被後見人は、競売により自宅を失うおそれがあります。したがって、根抵当権設定契約は、被後見人に不利益な行為であって、被後見人にとって必要性が認められません。
 仮に、後見人が被後見人にとって必要性のない担保提供を行って被後見人が損害を受けたときは、後見人は、善管注意義務違反により、損害賠償請求や、刑事責任を問われる場合がありますから、後見人は契約締結を行わないと考えられます。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q23】 介護していた叔母の遺産を受取れないか 平成29年8月1日

【Q23】介護していた叔母の遺産を受取れないか

平成29年8月1日
弁護士 亀井 美智子

 私は、10年程前から近くに住んでいる叔母の世話をしてきました。叔母は高齢で足も悪いので、食事を作ってあげたり、掃除を手伝ったり、買い物や病院につきそったり、叔母が軽い認知症をわずらってからは、頼まれて預貯金の管理や様々な支払いなどもしてきました。先日叔母が亡くなりましたが、叔母は、未婚で兄弟姉妹もいません。相続人がいないと遺産は国のものになると聞きましたが、遺産の一部を私が受取ることはできないでしょうか。

【A23】
 相続人がいない場合、相続財産は、国庫に帰属するのが原則ですが(民法959条)、一定の要件の下に、相続人の内縁の妻とか、事実上の養子のように法律上は相続人でなくても、被相続人と深い縁故があった者に遺産が与えられる場合があります(民法958条の3)。

【解説】
1 特別縁故者とは
 特別縁故者について、民法958条の3は「被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努た者その他被相続人と特別の縁故があった者」と定めています。そこで、「生計同一」「療養看護」の例示からえて、特別縁故者とは、少なくとも過去のある一定時期に、具体的、現実的に、被相続人との間に縁故が存在ていたことが必要と考えらえます。たとえば遠縁の親戚という関係だけでは、特別縁故者とはいえません。
 なお特別縁故者は、法人でもかまいません。近時、老人福祉施設等その例が増えてきているようです。
 以下に、特別縁故者として認めた事例、認められなかった事例に分け、判例を照会します。

2 特別縁故者と認められた事例
(1) 障害者支援施設
 障害者支援施設を運営する社会福祉法人の申立に対し、被相続人の療養看護に努めた者として、特別縁故者に当たるとした事例です。裁判所は、同施設について、約35年間にわたって、知的障害及び身体障害を有し、意思疎通が困難であった被相続人と信頼関係を築くことに努めた上、食事、排泄、入浴等の日常的な介助のほか、昼夜を問わず頻発するてんかんの発作に対応したり、ほぼ寝たきりとなって以降は、被相続人を温泉付きの施設に転居させて、専用のリフトや特別浴槽を購入してまで介助に当たるとともに、その死亡後は葬儀や永代供養を行うなどしており、このような療養看護は、社会福祉法人として通常期待されるサービスの程度を超え、近親者の行う世話に匹敵すべきものであるとし、特別縁故者と認めました(名古屋高等裁判所金沢支部決定 平成28年11月28日)。

(2) 長年世話をしてきた近隣在住の知人
 被相続人が死亡するまで約13年にわたって被相続人の身の回りの世話をしてきた近隣在住の知人について、被相続人についての成年後見申立てに向けた支援をしたこと、また、被相続人が生前、同人が亡くなった後の不動産及び預貯金を同知人を含む5名に遺贈しようと考えてその旨の書面を作成したことなどにより、相続財産の全部又は一部を分与することが被相続人の意思に合致するとみられる程度に被相続人と密接な関係があったと評価するのが相当であるとし、特別縁故者に当たると認定しました(大阪高裁決定 平成28年3月2日)。

(3) 介護付入居施設
 介護施設を運営する一般社団法人について、労災事故により全身麻痺となって入所し、入所中に死亡した被相続人につき、約6年間献身的な介護を行ったとし、被相続人の療養看護に努めた者として特別縁故者に当たると判断しました(高松高裁決定 平成26年9月5日)。

3 特別縁故者と認められなかった事例
(1) 従姉妹
 裏付け資料は申立人らの陳述書等だけであって,客観的に申立人らが被相続人の特別縁故者に該当することを裏付けるには十分ではなく、被相続人と親戚同士として,通常の親戚付き合いをしていたであろうことは推認しうるものの,親族としての情誼に基づく交流を超えるような特に親密な付き合いをしていたことまで認めるに足りる資料は見当たらないから,申立人らについて,直ちに「被相続人と生計を同じくしていた者」や「被相続人の療養看護に努めた者」ないしそれに準じる者というには十分ではないとし、民法958条の3第1項所定の「特別縁故者」の要件に該当しない、としました(東京高裁 平成27年2月27日)。

(2) 従姉の養子
 申立人は、被相続人の生前に、特別の縁故があったといえる程度に被相続人との身分関係及び交流があったということができないとし、特別縁故者と認めませんでした(東京高裁決定 平成26年1月15日)。

4 手続きについて
 相続人がいるかどうか不明の場合、利害関係人などから相続開始地の家庭裁判所に申立をして、相続財産管理人が選任されます(民法952条)。この申立は、特別縁故による相続財産の分与を受けようとしているあなたも、利害関係人として申立てができます。
 そして、相続人が見つからなければ、家裁は、相続財産管理人などの申立てにより、相続人がいるならば申し出をするように催告する公告をします(同法958条)。あなたは、この公告期間満了後3ヶ月以内に、家裁に特別縁故者として相続財産処分の申立てを行ない、家裁が特別縁故者と認めれば、相続財産を与える決定を得るとができます。
 なお、家裁に提出する特別縁故を証明する資料としては、叔母さんの財産の収支を管理してきた当時の帳簿や通帳の記載とか、支出管理のため保管していた納付書、領収証、振込み控えや、付添いや世話をしたことが記録された当時の手帳、日記などが考えられます。また、判例によると(たとえば、2項(2)の判例)、叔母さんがお世話になったあなたに、財産の一部を遺贈ないし贈与をしたい意向を記載した文書などがあれば、重視されているようです。資料がないか調べてみてください。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q22】 使用貸借不動産の返還請求 平成29年3月14日

【Q22】使用貸借不動産の返還請求

平成29年3月14日
弁護士 亀井 美智子

 父は5年前に居住建物を兄に生前贈与し、父母はその建物を兄から無償で借りて住んでいました。ところが、先日父が亡くなって、兄は、母に建物の明渡しを求めています。兄は、母とは仲が悪かったとはいえ、高齢で年金生活ですし、父が亡くなった途端に追い出すなんてあんまりです。母に住み続ける権利はないのでしょうか?

【A22】
 他人の物を無償で使用する契約を使用貸借契約といいます。契約期間を決めないで借りた場合、民法597条2項は、「使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。」と定めています。
 お尋ねのケースでは、私見ですが、兄は建物を父と母の居住目的で貸したものと思われ、母が居住のために現に使用している以上、5年経過していても使用収益に足りる期間は経過していないと考えます。よって、母は、使用貸借権を主張して、明渡しを拒むことができます。

【解説】
1 使用貸借とは
 使用貸借とは、物(不動産、動産)を無償で使用収益する契約です(民法593条)。有償で使用収益する場合の賃貸借と対比されます。
 無償なので、貸主の厚意による貸借関係で契約書も作成されていないことが多く、通常は貸主と借主との間に特別な人間関係のあることが前提となっています。
 そこで、貸主と借主の人間関係が悪くなったときや、貸主が亡くなったり、変わったりした場合には、トラブルになることが多いのです。

2 借用物の返還時期
 使用貸借は、貸主が借主と特別の関係があるからこそ無償で貸すのですから、借主が亡くなったときは終了すると定められています(民法599条)。お尋ねのケースでは、父の死亡により父の使用貸借は終了となり、相続されません。父の死亡後は、母の使用貸借権について、その返還時期が問題となります。

 そして、タダで貸している物でも、必ずしも、いつでも返してくれといえるわけではありません。民法597条は、借用物の返還時期を以下のとおり定めています。

 ① 契約に定めた時期
 ② 契約に定めた目的に従い使用収益を終わった時
   ただし、使用収益をするに足りる期間を経過したときは、貸主は直ちに返還請求できる
 ③ 使用収益の目的を定めなかったときは、いつでも返還請求できる。

 お尋ねのケースでは使用収益の目的は「父母の居住目的」と思われ、返還時期の合意が無かったとすると、母の使用貸借が②のただし書き「使用収益をするに足りる期間を経過したとき」に該当するか否かが問題となります。

3 「使用収益をするに足りる期間を経過したとき」とは
 判例は、使用収益をするに足りる期間(以下「相当期間」といいます)を経過したか否かは、経過した年月のみにとらわれて判断することなく、無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、使用目的、方法、程度、貸主が使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較考量して判断すべき、としています(最高裁昭和45年10月16日)。
 相当期間の判断は、一概に○年間とは言えません。居住目的の建物使用貸借の事例で貸主から返還を請求された判例を見ると、相当期間は、3年、5年で経過したとするものもあれば、28年経っても相当期間を経過していないとするもの、死亡するまで使用させる契約が黙示的に成立していたというものまであります。
 お尋ねのケースでは、父が兄に建物を生前贈与する際、父又は母が生存する限り父母の住居を確保するため使用貸借を継続する趣旨であったと考えられます。そこで、相当期間は、母が居住の必要がある限りは存続すると考えられるのではないでしょうか。

4 契約期間を明記した使用貸借契約書の作成
 前項のとおり、相当期間の判断は、何年なのか明確ではありません。そこで、高齢の両親から不動産を無償で借りている親族の方は、ご両親がお元気なうちに、使用貸借契約書を取り交わしておくことをお薦めします。
 契約期間を○年までと明確に定めておけば、万一ご両親にご不幸があって、建物が共同相続されたり、自分が相続できなくても、前記のとおり、民法597条1項により、契約書に定めた契約期間内は使用を続けることができます。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q21】 熟慮期間経過後の相続放棄 平成28年7月5日

【Q21】熟慮期間経過後の相続放棄

平成28年7月5日
弁護士 亀井 美智子

 母は重い認知症で特別養護老人ホームに入所しています。半年ほど前、祖母が亡くなりましたが、既に祖父は亡くなっており、子供は母と母の兄で、兄は、相続放棄をしたそうです。母も相続放棄をした方がよいのでしょうか? どうすればよいのでしょうか?

【A21】
 母について、できるだけ速やかに家庭裁判所で後見人の選任申立を行ってください。選任された後見人が、祖母の遺産について調査し、母が相続放棄した方がよいか判断します。
 相続放棄は、死亡を知ったときから3カ月以内に行う必要がありますが(民法915条)、判例は、相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある場合には、3カ月は、そのような事情が無くなったときから起算するとしています。そこで、私見ですが、祖母の遺産調査のため、すみやかに母の後見申立を行って後見人が選任されれば、後見人が就任するまでは、熟慮期間は開始しないと判断される可能性があります。

【解説】
1 相続放棄とは
 相続放棄は、相続が開始した後に相続人が相続の効果を拒否する意思表示です(民法938条以下)。相続財産が債務超過であると、相続人の意に反して多額の債務を負わされるので、これを避けるために認められた制度です。
 相続放棄をした者は、初めから相続人でなかったものとみなされ(民法939条)、他の相続人の相続分が増加することになります。

2 相続放棄の熟慮期間
 相続放棄をするには、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に」(民法915条)、家庭裁判所にその旨を申述しなければなりません。
 この3カ月の期間は、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をなし、熟慮するための期間で、「熟慮期間」といいます。
 そして、「自己のために相続の開始があったことを知った時」というのは、普通は、被相続人の死亡を知ったときです。とはいえ、被相続人が残した書類等を調べようとしても、同居していないと所在がよく分かりませんし、他人の連帯保証人になっていたなど被相続人の手元に書類が保管されておらず、後日債権者から請求を受けて初めて知ることもあります。そこで、判例は、調査したが分からなかったのもやむを得ないような場合について、熟慮期間の起算日を遅らせるように解釈しています。具体例として、一つ判例を上げると、
 長い間没交渉で生活ぶりを知らなかった父が亡くなり、1年くらいして、相続人が、父の保証債務について生前に裁判が起こされていたことを知ったというケースで、最高裁(昭和59年4月27日判決)は、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との交際状態等からみて相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、被相続人に相続財産が全く存在しないと信ずる相当な理由があるときは、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算するのが相当であるとし、裁判所から、亡父の裁判を引き継ぐよう相続人に連絡が届いた時から、熟慮期間は進行するとしました。

3 成年被後見人の熟慮期間の起算日
 民法917条は、相続人が成年被後見人であるときは、熟慮期間は、その法定代理人が成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する、と定めています。
 ところで、この条文の「相続人が成年被後見人であるとき」の、「成年被後見人」とは、「後見開始の審判を受けた者」であるため(民法8条)、本来は、重い認知症の人であっても、まだ後見開始の審判を受けていない以上、民法917条の適用はありません。

4 後見開始の要件を満たしている者の熟慮期間の起算日
 しかし、重い認知症の人に、財産調査や、相続放棄を行う能力はありませんから、前記民法917条の規定の趣旨から考えると、救済の必要は、成年後見開始の審判の前か後かで変わりは無いはずです。
 もっとも、相続の確定が、相続人の精神状態で決まるとすると、債権者は予見できず、極めて不安定になりますから、後見開始の要件を満たしている者については、後見申立がなされ、後見人が死亡を知るまでいつまででも熟慮期間は起算されないというわけにもいかないでしょう。
 ところで、遺留分減殺請求権は、一年の時効期間を経過する前に後見人選任の申立てを行っていれば、民法158条1項の類推適用により、成年後見人が就職したときから6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しないという判例が出されました(最高裁平成26年3月14日、当コラム20問をご参照ください)。
 これは、後見の申立がなされれば、家庭裁判所で審判事件が継続していることや、成年後見人の選任の事実や時期が確定できるため、相続債務の債権者などにも、熟慮期間の開始時期がある程度予見することが可能だという考え方です。
 そこで、私見ですが、熟慮期間に関する民法917条も同様に考えると、債権者がある程度予見可能な時期に後見申立てを行ったことが条件とされる可能性があります。本件では、母の兄が相続放棄をしたということは、祖母の遺産について、負債が資産を上回っている可能性を想定させます。そこで、前記判例の考え方からすると、可能な限りすみやかに後見申立は行うべきと考えます。
 なお、母が、ある程度判断能力があって、家裁が成年後見人でなく、保佐人、補助人を選任したときは、母自身において相続放棄ができるものとして、祖母の死亡を知ったときから3カ月の経過により、相続放棄はできなくなります。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q20】 認知症で遺留分の請求ができない 平成28年1月6日

【Q20】認知症で遺留分の請求ができない

平成28年1月6日
弁護士 亀井 美智子

 叔母は重い認知症ですが、昨年、夫(伯父)が亡くなり、遺産の全部を長男(一人っ子)に相続させるという伯父の古い遺言書が発見されたそうです。叔母は遺産ももらえず、これまで疎遠だった長男が今後面倒を見てくれるのか、とても心配です。何か親族としてできることはないでしょうか。

【A20】
 叔母さんから、長男に対し、遺留分の請求をすることが考えられます。叔母さんは重い認知症とのことなので、遺留分減殺請求権の行使のため、あなたが親族として、成年後見人の選任申立を家庭裁判所に行い、成年後見人から長男に対し、遺留分減殺請求の通知をしてもらいます。
 なお、遺留分減殺請求権は、夫の死亡と長男が全部取得するという遺言書の内容を知ってから一年以内に行使する必要があります。ただし、一年を経過する前に後見人選任の申立てを行っていれば、民法158条1項の類推適用により、成年後見人が就職したときから6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しないというのが判例(最高裁平成26年3月14日)です。

【解説】
1 遺留分減殺請求権
 相続人には、被相続人の死後、生活が一定程度保障されるよう、被相続人の遺言の財産処分によっても奪われることのない相続財産があり、それを遺留分といいます。妻である叔母は、夫の相続財産の4分の1について、遺留分があります(民法1028条)。
 ただし、遺留分の権利は、何もしないでも守られるわけではなく、遺言で遺産をもらった人に対し、遺留分の割合に不足している侵害分を返してほしいという請求(遺留分減殺請求)をしてはじめて保護されます。つまり、叔母が遺留分を取得するには、長男に対し、遺留分が侵害されている相続財産の4分の1について、減殺を請求することが必要です(民法1031条)。
 しかも、遺留分減殺請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与、遺贈があることを知ったときから一年以内に行使する必要があります(民法1042条)。本件では、叔母が、夫の死亡と、全ての遺産が長男に相続されるという内容の遺言書の存在を知ったときから一年以内に減殺の請求をしなければなりません。

2 成年後見人の選任
 後見開始の申立は、四親等内の親族から行うことができます(民法7条)。申立てのとき、成年後見人の候補者を指定できなくても大丈夫で、裁判所が、ご本人のため相応しい成年後見人を選任してくれます。
 ところで、子が成年後見人の候補者となることが多いのですが、お尋ねのケースの場合は、長男に対して遺留分減殺請求をする目的で後見人の選任を申立てるのですから、利益相反となるため、長男以外の成年後見人が選任される可能性が高いと思われます。仮に長男が成年後見人に選任されるときは、同時に成年後見監督人が選任されて、成年後見監督人が遺留分減殺請求を行うことが考えられます(民法860条)。

3 成年後見人と時効の停止
 さて、これから成年後見申立の準備をして、家裁に申立をし、後見人が選任されて遺留分減殺の請求を行うまで、一年の時効期間に間に合うのか、不安になると思います。
 その点について、民法158条1項は、「時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。」と定め、法定代理人が欠けたために時効の中断行為をなしえない場合、時効完成が近づいたときに時効の進行を一時的に停止して救済しています。
 ところで、この条文の「成年被後見人に法定代理人がないとき」の、「成年被後見人」とは、「後見開始の審判を受けた者」であるため(民法8条)、本来は、重い認知症の人であっても、まだ後見開始の審判を受けていない以上、民法158条1項の適用はありません。
 しかし、重い認知症の人に、遺留分減殺請求の通知を行えというのは到底無理ですから、先ほどの規定の趣旨から考えると、救済の必要は、成年後見開始の審判の前か後かで変わりは無いはずです。

 そのため、最高裁は、「時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において、少なくとも、時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項の類推適用により、法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その者に対して、時効は、完成しないと解するのが相当である。」と判断しました。

 最高裁は、時効の期間の満了前に後見開始の申立てがなされることを適用の条件としていますが、これは、一年の時効期間は経過したのに、時効が成立したかどうかは、相手の精神状態で決まるとすると、減殺請求を受ける側は、時効が完成したのかしないのか、予見できないため、歯止めをかけたのです。つまり、後見の申立がなされれば、家庭裁判所で審判事件が継続していることや、成年後見人の選任の事実や時期が確定できるため、減殺請求を受ける側にも、停止する期間をある程度予見することが可能です。
 判例は「少なくとも」と言っているので、減殺請求を受ける側の予見が可能な範囲で、今後も時効の停止が認められるかもしれません。

 なお、上記時効停止の規定は、成年被後見人が選任された場合に類推適用されます。ですから、叔母さんにある程度判断能力があって、家裁が成年後見人でなく、保佐人、補助人を選任したときは、叔母さん自身において遺留分減殺請求の通知ができるものとして、上記規定は適用されませんので、ご注意ください。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q19】 重い認知症の父を離婚させたい 平成27年6月11日

【Q19】 重い認知症の父を離婚させたい

平成27年6月11日
弁護士 亀井 美智子

 私の父は、現在重い認知症で、再婚した妻は面倒を見切れず、離婚したいと言っています。父の子は、前婚のときの私と兄の二人です。私たちも、相続のときに妻ともめるのはいやですし、父の面倒を見る気がないのなら、むしろ離婚してもらった方がよいと思っています。今後、兄が成年後見人になる申立てをする予定ですが、兄が手続きをして、父を離婚させることはできますか?

【A19】
 成年被後見人でも自分の意思で離婚することができますが、認知症が重くて、離婚について意思表示ができる状態でない場合、離婚のような身分行為は、成年後見人が代理することはできません。
 もっとも、妻の方から離婚を請求する訴訟を起こしたとき、成年後見人はその訴訟行為について本人を代理できます。そこで、裁判の結果、裁判所が、離婚事由に該当するとして、離婚の判決が出される場合はあります。

【解説】
1 成年被後見人であっても離婚はできること
 婚姻、協議離婚、養子縁組など身分上の法律効果を発生させる法律行為を身分行為といいます。
 身分行為をするにも一定の行為能力が必要ですが、それは財産的法律行為のように高度のものではありません。
 そのため、成年被後見人が協議上の離婚をするについては、成年後見人の同意は必要ありません(民法764条、 738条)。
 そこで、お尋ねのケースで、認知症の父が、ある程度回復する場合もあるときは、そのときに、離婚の意思について尋ねることが考えられます。
 本人が離婚を望めば、離婚に伴う財産分与等は成年後見人が代理できます。

2 成年被後見人が離婚について意思表示ができない場合
 父が認知症により離婚について意思表示ができない場合、身分行為においては、本人の真意が尊重されるため、原則として代理が許されません。
 ただし、成年被後見人が離婚を請求する訴えを提起されたとき、成年後見人は、その訴訟において成年被後見人を代理することができます(人事訴訟法14条)。そこで、相手の配偶者に調停、訴訟を起こしてもらい、離婚の判決をもらう方法が考えられます。

3 裁判離婚について
 離婚など家庭に関する件について訴えを起こすには、調停前置主義といって、まず家庭裁判所に家事調停の申立をしなければなりません(家事事件手続法257条)
 そして、調停で本人が離婚について意思表示をすることができないときは、調停不調となります。
 調停不調の後、相手の配偶者が離婚を求めて訴訟を起こした場合、離婚は、民法770条に定めた一定の離婚事由に該当しなければ認められません。
 相手の配偶者が重度の認知症であることを理由に離婚を求める場合、離婚事由としては、強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(民法770条1項4号)や、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(同項5号)が考えられます。
 そして、裁判所がこれらの事由に該当するか否かを判断するに際しては、離婚後も療養や生活のための経済的な見通しが立っているか、成年後見人との間でその点にも配慮した財産分与等の合意ができているか等の事情も考慮されます。
 以下、具体的にどのような事情が考慮されているのか、判例を見てみましょう。

4 不治の精神病
 最高裁は、従来から、夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の請求は認められず、病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的方途を講じ、ある程度、前途にその方途の見込みがついた上でなければ離婚の請求は許されないという立場です。
 最高裁が、はじめて不治の精神病による離婚請求を認めた事例ですが、A子の実家は、A子の療養費に事欠くような資産状態ではなく、他方Bは療養費を支払える程生活に余裕がないが、過去の療養費を分割して支払っており、将来も可能な範囲の支払いをなす意思を表明しており、長女も出生当時から引き続き養育している、としてBの離婚請求を認めました(最高裁昭和45年11月24日)。

5 婚姻を継続し難い重大な事由
 アルツハイマー病で痴呆状態となった妻に対する離婚請求のケースで、不治の精神病とまではいえないが、婚姻を継続し難い重大な事由に該当するとして、離婚請求を認めた事例があります。
 裁判所は、妻がアルツハイマー病に罹患し、長時間に亘り夫婦間の協力義務を全く果たせないでいることなどによって破綻しているとし、夫が離婚後も妻への若干の経済的援助及び面会を考えていること、特別養護老人ホームに入所しており24時間完全介護であり、離婚後は全額公費負担となること等も考慮して、婚姻を継続し難い重大な事由による夫の離婚請求を認めました(長野地裁平成2年9月17日)。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q18】 認知症の父が起こした事故の賠償責任 平成27年3月2日

【Q18】 認知症の父が起こした事故の賠償責任

平成27年3月2日
弁護士 亀井 美智子

 私の父は80歳で認知症を患っていますが、高齢の母と暮らしています。最近母の気づかないうちに、父が一人で出かけてしまい、警察で保護されたことが何度かありました。ところで、認知症の高齢者が徘徊して電車に轢かれ、鉄道会社から、介護していた妻のほか長男に対しても、損害賠償を請求される裁判があったと聞きました。詳しく教えてください。

【A18】
 重度の認知症を患う夫Aと同居していた妻Bに対し、出入り口に設置されたセンサーを作動させる措置を採らなかったことなどにより、民法714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)の監督義務者としての責任を認め、鉄道事故の損害の一部、約360万円について、鉄道会社に賠償するよう命じた判例です(名古屋高裁 平成26年4月24日)。
 この裁判ではBのほか、Aの介護方針を決定していた長男に対しても損害賠償請求がなされましたが、名古屋高裁は、長男は、Bの身上監護の補助行為を行っていたに過ぎないとし、民法714条の監督義務者に該当しないとして、その責任を否定しました。

【解説】
1 重い認知症の人が起こした事故の責任は誰が負うのか?
 重い認知症の精神障害者は、違法な行為により他人に損害を与えても、責任無能力者ですから賠償責任を負いません(民法713条)。しかし、それでは被害者が救済されませんので、民法714条1項は、「責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」と規定しています。また、同条2項では、監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も責任を負う、と規定しています。損害の公平な分担の観点から、責任無能力者の監督義務者と代理監督者は、その監督を怠らなかったことを立証できない以上、賠償責任を負うこととしたものです。

 精神障害者の監督義務者として、具体的には、後見人、配偶者、同居の親族などが考えられます。代理監督者としては、たとえば精神病院の医師、介護施設の職員などが考えられますが、これらの者が責任を負う場合には、その者の使用者(精神病院、介護施設)も民法715条(使用者等の責任)によって賠償する義務を負います。
 お尋ねのケースでは、なぜ妻が責任を問われ、長男は責任なしとされたのか、以下、詳しく見ていきます。

2 妻は監督義務者なのか
 夫Aは、91歳の高齢で、重い認知症を患い、要介護4の認定を受けており、徘徊するなど常に目を離せない状態にありました。妻Bは、Aと同居しており、長男の妻Cの協力を得てAを介護していました。Bも85歳と高齢で、要介護1の認定を受けていました。事故当日の夕方、Aは、Cが離席し、Bがまどろんでいた隙に、自宅のセンサーの電源が切られていた入口から出て、駅構内の線路内に立ち入り、列車と衝突して亡くなってしまいました。

 裁判所は、Aが責任無能力者に当たるとした上で、妻BがAの「監督義務者」(民法714条)に当たるかどうかについては、夫婦の同居協力扶助義務(民法752条)を根拠に、配偶者の一方が老齢、疾病又は精神疾患により自立した生活を送ることができなくなったり、徘徊等のより自傷又は他害のおそれを来すようになったりした場合には、他方配偶者は、その配偶者の生活について、自らの生活の一部であるかのように、見守りや介護等を行う身上監護の義務がある、として妻BはAの監督義務者にあたるとしました。

3 妻は監督義務を怠らなかったか(免責事由の存否)
 前記のとおり、監督義務者が、「監督義務者がその義務を怠らなかったとき」、又は「その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったとき」は責任を負いません(民法714条1項ただし書き)。

 もっとも、判例は、監督義務者が監督を怠らなかったことによる免責を容易には認めません。この監督義務者の責任は、被害者救済のため、責任無能力者の損害賠償責任を否定することの代償又は補充として定められたもので、無過失責任主義的な側面も持っているからです。

 本件において、妻Bは、裁判所に対し、Aから目を離さず常に見守り続けることはできず、Aが単独で外出することを完全に防止することは不可能であった、などと主張しました。しかし、裁判所は、Aが日常的に出入りしていた出入り口に設置されていたセンサーを作動させるという容易な措置を取らず、電源を切ったままにしており、監督が十分でなかった、などとして免責を認めませんでした。

4 損害の全額について責任を問われるのか(過失相殺)
 鉄道会社は、振替輸送を手配するための費用など約720万円の損害賠償を請求しました。しかし、裁判所は、鉄道会社において、駅での利用客等に対する監視が十分になされておれば、また、駅ホーム先端のフェンス扉が施錠されておれば、事故を防止できたとして、過失相殺により、Bは、損害額の5割(約360万円)について賠償責任を負うとしました。

5 長男の責任
 長男について、裁判所は、母Bから父Aの介護を引き受けていたわけではなく、BのAに対する身上監護を補助していたに過ぎず、Aの身上監護義務について法的義務を負っていたとはいえないとして、監護義務者には該当しないとしました。
 なお、一審では、長男が、父Aの介護方針を判断し決定していたことから事実上の監督者であって、監督義務者や代理監督者に準ずべきものとしてAを監督する義務があったとし、その責任を認めていました(名古屋地裁 平成25年8月9日)。

6 最後に
 妻Bとしては、高齢で自らも要介護1の認定を受け体が不自由でありながら、可能な限りのAの介護は行っていましたし、Aが線路に入り込むなど予想もしなかったのに、事故の賠償責任を負わせるのは、あまりにも酷である、とするB側の主張にも無理からぬものがあります。
 遺族にとって、夫(父)を失った大きな悲しみに加え、鉄道会社から損害賠償を請求されることは、精神的にも経済的にも強い衝撃です。
また、老老介護が社会問題となっている現状において、この裁判は、介護が必要なお年寄りが第三者に損害を与える事態にならないよう親族がなすべきことは何なのかを考えさせられる事件として、大きな反響を呼びました。
 名古屋高裁の判決は、上告、上告受理申立がなされましたので、今後、最高裁の判断が示されることになります。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q17】 医療保護入院について家族で意見が一致しない 平成27年1月30日

【Q17】 医療保護入院について家族で意見が一致しない

平成27年1月30日
弁護士 亀井 美智子

 私は母と同居していますが、母は、80歳で重い認知症です。最近は、せん妄がひどくなり、徘徊することも何度かあって、主治医と相談のうえ、私の同意で、精神病院に医療保護入院させました。しかし、兄は、母が入院をひどくいやがっていることもあって、自宅で最期を迎えさせたいと、入院に反対です。兄が退院を請求すると、母は退院になってしまうのでしょうか。

【A17】
 母に医療保護のため入院の必要性があれば、医療保護入院は、家族のうち、一人の同意により可能です(精神保健福祉法33条)。しかし、入院後に、他の家族から都道府県知事に対して退院請求をすれば(入院時に同意した家族が反対していても)、精神医療審査会が、退院を請求した家族と入院中の病院の話などを聴いて、入院の必要がないと判断すれば、知事を通じて病院に退院させるよう命ずることになります(同法38条の4、同条の5)。

【解説】
1 任意入院と強制入院
 精神科病院の入院は、患者の自発的な意思に基づく任意入院と、自発的な意思によらない強制入院に分かれます。ご質問ではお母様は重度の認知症であるということなので、本人には同意を行う能力がない場合として、任意入院の可能性はなく、強制入院を選択せざるを得ません。
 強制入院には、措置入院と医療保護入院などがあります。
 措置入院とは、 精神障がいのために自傷他害のおそれがあり、 医療及び保護のために入院の必要があると判断された場合、 都道府県知事の命令により、 精神科病院に強制的に入院させることで( 精神保健福祉法29条1 項)、2名以上の指定医が診察をして、 いずれも措置入院が必要と判断することが必要です(同法29条2項)。
 次に医療保護入院について述べます。

2 医療保護入院
 医療保護入院とは、精神障害者であって、医療及び保護のために入院の必要性があるときに、 本人の同意がなくても、 家族等の同意により、精神科病院の管理者がその者を強制的に入院させることをいいます。指定医1名の診断が必要です(同法33条)。
 ところで、精神保健福祉法は、改正法が平成26年4月1日から施行され、保護者制度が廃止されて、医療保護入院の同意については、保護者に代わり、「家族等」のうち、いずれかの者の同意により入院させることができることになりました。
 「家族等」というのは、 精神障害のある人の配偶者、 親権者、 扶養義務者、 後見人又は保佐人です(同条2項)。

3 退院の請求
 他方、上記改正法により、退院等の請求ができるのも、「精神科病院に入院中の者又はその家族等」になりました。そして、「家族等」は、入院時に同意した家族等に限られません(同法38条の4)。
 退院の請求がなされると、精神医療審査会が審査します。その場合、審査会は、退院の請求をした者及び入院中の精神科病院の管理者の意見を聴かなければならないこととされています(同法38条の5、3項)。なお、審査会が必要と考えれば、入院時に同意をした家族等を含む関係者に審問等を行うこともできます(同条の5、4項)。
 したがって、兄の退院請求により、審査会が母には医療保護の必要性がないと判断すれば、母が退院することもありえます。

4 家族等の間で意見が異なる場合
 以上のとおり、法律上、医療保護入院の要件としての家族等の同意は、家族等のうち誰か一人の同意で足り、同意の優先順位はありません。
 ですから、同居している家族は入院に賛成で、別居している家族は反対しているとか、後見人又は保佐人は賛成で、家族は反対しているとか、同意していた家族がその後意見を変えたなど、いろいろな場合が生じうるわけです。
 そのため、今回の改正は、医療の現場に混乱を生じさせると指摘する意見もあります。

 ところで、厚生労働省は、「医療保護入院における家族等の同意に関する運用について」(平成26年1月24日障精発0124第1号)において、医療保護入院後に、精神科病院の管理者が、入院に反対の家族等や、入院後に入院に反対することとなった家族等の存在を把握した場合には、その家族等に、入院医療の必要性や手続の適法性等について説明することが望まれる、と指摘しています。

 そこで、お尋ねのケースですが、母の今後の医療や自宅に戻る際、母のためにも、兄の理解と協力は重要になると思います。したがって、あなたから主治医に、兄が母の入院に反対していることを相談し、まずは、主治医から兄に、母が入院して医療、保護を受ける必要性があることについて、十分説明してもらってはいかがでしょうか。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q16】 老人ホームの入居一時金の返金額 平成26年11月4日

【Q16】 老人ホームの入居一時金の返金額

平成26年11月4日
弁護士 亀井 美智子

 私の母は、75歳のとき、有料老人ホームに入所し、入所の際、入居一時金として500万円支払いました。ところが、入所後一年程で、肺炎で亡くなってしまいました。ホームに入居一時金の返金を求めたところ、100万円ほどしか戻らないと言われました。しかし、わずか一年しか経っていないのに、400万円もの金額を返さないのは不当ではないですか。

【A16】
 入居一時金の返金額については、まずは、老人ホームとの契約内容を確認することが第一です。ホームとの入居契約書、重要事項説明書を見て、入居したらすぐ償却される費用(初期償却費用)や、残金の償却期間、計算方法、そのほか契約終了時に差引かれる原状回復費用等がないか、確認してください。
 入居一時金の返金額が、仮に入居契約書等の定めどおりであるとしても、消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)により無効ではないかが問題となりますが、判例を見ると、各都道府県の「有料老人ホーム設置運営指導指針」に従ったものである限り、消費者契約法10条は適用されないと判断しているようです。

【解説】
1 入居一時金とは
 入居一時金(入居金、前払金)は、有料老人ホーム(以下「ホーム」といいます)に入居する時に、一括して支払う費用です。
 従来は、家賃や介護などのサービス提供の前払金の性質と、終身利用権取得の対価(権利金)としての性質を合わせ持っていることが多かったと思います。
 しかし、平成23年6月の老人福祉法の改正(平成24年4月1日から施行、ただし既存ホームは平成27年4月1日以降受領分から適用。)により、「有料老人ホームの設置者は、家賃、敷金及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受領する費用を除くほか、権利金その他の金品を受領してはならない。」と定められました(同法29条6項)。
 そのため、改正法が適用されると、入居一時金は家賃等の前払金であることになり、初期償却費など入居期間に関係なく償却される費用(権利金)は、認められなくなると考えられています。

2 入居一時金の償却
 上記改正法施行前の既存ホームの入居一時金は、入居時に初期償却費として一部が償却され、残金の償却については償却期間が定められており、償却期間が終了する前に退去した場合は、未償却部分が返還されていました。
 入居一時金の初期償却費の割合や、残金の償却期間や償却金額の計算方法は、ホームによって様々で初期償却費は2割から3割程度、償却期間は3年から10年までが多いようです。
 なお、改正法では、短期解約特例制度といって、入居期間が3月以内で解除されたり、入居者が死亡したりした場合は、クーリングオフにより、入居一時金は、家賃を除いて全額返還されます(老人福祉法29条8項、同法施行規則21条1項)。
  旧法のクーリングオフは、入居一時金を支払った日から90日以内とされており、また、死亡の場合は認められていませんでした。
 この改正規定についても、既存のホームについては、前記施行日以後に入居した者が支払う入居一時金から適用されます。

3 消費者契約法により入居一時金の返還を求めた判例
 消費者契約法10条は、民法、商法などの規定に比較して消費者の権利を制限し、義務を加重する消費者契約の条項であって、民法の信義誠実の原則(民法1条2項)に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする、と定めています。
 この消費者契約法の規定に基づいて、親族(相続人)が、入居契約書の定める入居一時金の多額の償却合意は無効だと主張して、入居一時金全額の返還を求めた事例がありますので、見てみましょう。

(1) 入居者が「一時入居金」1155万円を含む入居契約金1365万円を支払い、入所から約2年5ヶ月後に解除し、入居者の相続人(原告)が、ホームが返金しなかった約795万円の返還を求めた事例で、原告が消費者契約法10条による無効を主張したのに対し、裁判所は、「少なくとも、東京都の有料老人ホーム設置運営指導指針に従ったものであるから、その内容が公序良俗に違反するとまでいうことは困難である」などとして原告の請求を認めませんでした(東京地裁平成22年9月28日)。

(2) 入居の際、終身利用権189万円(入居日に不返還)、及び入居一時金約66万円(償却期間2年6ヶ月)を支払い、約一年半後に解除し、入居者の相続人(原告)がこれらの返還を求めた事例ですが、裁判所は入居一時金について、「入居一時金の償却合意は、本件老人ホームの入居者の入居のための人的物的設備の維持等に係る諸費用の一部を補う目的、意義を有するもの」であり、償却期間が不当に短いとか埼玉県の有料老人ホーム設置指導指針から逸脱しているといった事情は認められないなどとして、消費者契約法10条の適用を認めませんでした(東京地裁平成21年5月19日)。

 なお、各都道府県の「有料老人ホーム設置運営指導指針」は、各都道府県のホームページなどで公開されています。

4 契約書をよく確認しましょう
 前記のように、入居一時金については、ホームとの契約内容が最も重要です。終身の契約ですし、多額の負担を負うことになるのですから、親族としては、契約の際、入居契約書や重要事項説明書の内容について、面倒でも納得できるまでホームに質問して、理解できるまで契約すべきではありません。
 それから、ホームに入居後、思ったような質のサービスが受けられなかったり、別の良い条件の施設に移りたくなったり、本人が早く亡くなってしまったり、要介護度が急に進んで入居したホームでは適切な介護が受けられなくなったり、入院が長期化して退所を迫られたりするなど、入居時には予想していなかったいろいろな事情が生じ得ます。入居一時金がゼロの施設も多数ありますが、月々の家賃(利用料)は割高になります。親族としては、入居後の事情の変化も想定して、どのような料金体系のホームを選ぶのが適切か、慎重に検討する必要があります。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q15】 プロ向けファンドによる被害 平成26年7月14日

【Q15】 プロ向けファンドによる被害

平成26年7月14日
弁護士 亀井 美智子

 80歳の母が、業者から、年利10%から12%の配当が受けられるファンドに投資しないかと勧誘を受けて、100万円を支払ってしまいました。
 ファンドを説明するパンフレットを読みましたが、仕組みが複雑で理解できず、リスクも高いようなので、契約を取消して母にお金を返してもらいたいのですが、できませんか?

【A15】
 お尋ねの件は、高齢者の被害が深刻な「プロ向けファンド」の事例ではないかと思います。その業者が、年利10%から12%は間違いなく儲かると言ったり、元本保証を謳ったり、リスクを説明しない等の場合は、消費者契約法により、契約を取消して、返金を請求することができます。そのほか、金融商品取引法違反による不法行為に基づく損害賠償や、金融商品販売法違反により損害賠償を請求できる場合があります。ただし、現実には、契約を取消すなどしても、業者と連絡がつかなくなったり、業者に資金が残っていなかったりして、被害回復が難しいケースが多いようです。

【解説】
1 「プロ向けファンド」とは
 「プロ向けファンド」とは、1人以上の投資のプロ(証券会社や銀行等の適格機関投資家)と49人以下のアマ(一般投資家)を相手として取得の勧誘が行われる、プロ投資家向けのハイリスクで複雑なファンドです(金融商品取引法63条)。プロ投資家のベンチャー企業等に対する速やかな資金調達を可能にする例外措置として、金融商品取引法の規制は、ゆるく設定されています(後に詳述)。

 ところが、アマの範囲が、人数だけの規制のため、高齢者を中心とする投資経験の乏しいアマにも勧誘、販売されることになり、多くの消費者トラブルが生ずることになりました。

2 プロ向けファンドの被害
 国民生活センターの調査によれば、プロ向けファンド業者に関する相談は増加しており、2012年度は1,518件の相談が寄せられ、3年前(2009年度)に比較すると約10倍という深刻なものです。被害者のうち9割が、60歳以上の高齢者だそうです。

 そして、プロ向けファンドの被害の3割が「劇場型勧誘」という手口で行われています。「劇場型勧誘」というのは、「買え買え詐欺」とも言われ、複数の業者が役回りを分担し、パンフレットを送り付けたり電話で勧誘したりして、あたかも得をするように信じ込ませて金融商品などを買わせる手口です。たとえば、自宅にA社のパンフレットが送られてきて、B社から電話があり、「A社が販売している未公開株は大変価値があるが、封筒が届いた人しか買えないので、代わりに購入してくれれば、B社が高値で買い取る。」などと言われ、お金を払ってしまう事例です。

3 なぜプロ向けファンドはアマも勧誘対象としているのか?
 それでは、なぜプロだけでなくアマも勧誘できるようにしたのか、ですが、ベンチャー等の資金調達を円滑に行いたいという理由もありますが、実務上、ファンド関係者も出資することが多く、そのファンド関係者は、プロには該当しないことがあるため、少人数なら容認する趣旨のようです。

4 金融商品取引法のどういう点がゆるい規制になっているのか
 プロ向けファンドは、プロの投資を募るためのファンドであるため、次のように、金融商品取引法の規制が、ゆるくなっています。

 プロ向けであることから、業者は、金融商品取引業を行う者に義務付けられている「登録」を必要とせず、「届出」でよいとされています(金融商品取引法63条)。

 また、広告規制(同法37条、商号や登録番号など一定事項の表示義務と誇大広告の禁止)、契約締結前・締結時書面交付義務(同法37条の3、4)、断定的判断の提供の禁止(同法38条、不確実なのに、断定的判断を示したり、確実であると誤解させたりすることの禁止)、迷惑勧誘の禁止(同法38条、勧誘を要請していないのに、訪問や電話をかけて勧誘したり、断っているのに勧誘を続けるなどの禁止)、適合性の原則(同法40条1項、顧客の知識、経験、財産の状況、金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当な勧誘の禁止)は、適用がありません。
 ただし、プロ向けファンドでも、虚偽告知の禁止(同法38条)と損失補てんの禁止(同法39条、損失が出たら補填したり、利益を提供したりする約束の禁止)は適用されます。

5 被害を受けたときは、どうしたらよいか。
 金融商品取引法は行政法規なのでその違反が直ちに民法上の不法行為(民法709条)になるわけではありません。しかし、虚偽告知や、損失補てんの約束による同法違反の程度が著しい場合は、民法上も不法行為に基づく損害賠償請求することが可能です。
 また、金融商品販売法により、業者が、投資のリスク等についての説明を怠り、あるいは断定的判断を提供し、それによって顧客に損害を生じさせたときは、損害賠償義務を負います(同法5条)。
 さらに、プロ向けファンドがアマ(消費者)を対象とするときは、消費者契約法の適用がありますから、不実告知、断定的判断の提供、不利益事実の不告知により消費者の誤解を招く説明があり、あるいは、断っても勧誘を続け退去しないなど消費者を困惑させる勧誘を受け、それによって契約した場合、消費者は、契約を取り消すことができます(同法4条)。

6 今後の規制は?
 金融庁は、アマの範囲について、「一定の属性」を要件にする金融商品取引法の政令などを改正し、平成26年8月1日から施行します。
 「一定の属性」と言うのは、個人への販売の場合、金融資産1億円以上の富裕層、ファンド資産運用業者の役員、使用人などです。
 これにより、投資経験のない高齢者が勧誘の対象となることは無くなります。
 ただし、今後も違法な詐欺的勧誘は行われる恐れはありますので、親族から高齢者の方に、リスクを説明せず、「必ずもうかる」「年利○%保証」などという業者とは契約しない、「名前を貸して」、「代わりに買って・・・」などは買え買え詐欺なので直ちに電話を切ることをアドバイスし、不安なときはお金を払う前に、親族に相談してほしい、と伝えましょう。また、親族の方からも、日ごろから本人の様子に気をつけ、声をかけたりする見守りが重要と思います。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q14】 地域包括支援センターとはどういうところですか? 平成26年5月1日

【Q14】 地域包括支援センターとはどういうところですか?

平成26年5月1日
弁護士 亀井 美智子

 私は、父が、同居している兄から虐待を受けているのではないかと思い悩み、区役所に相談に行ったところ、近くの地域包括支援センターに相談するように言われました。地域包括支援センターというのは、区が運営しているのではないようですが、何の仕事をしているところなのか、どういう人が相談にのってくれるのか、不安です。教えてください。

【A14】
 地域包括支援センターは、昨今の急速に高齢化が進む社会に対応して、高齢者の健康を保持し、できるだけ地域で自立した日常生活を営めるよう支援するための中核的機関です。平成18年4月に施行された改正介護保険法に基づいて設置されました。区から委託を受けた法人が運営している場合もありますが、社会福祉士や主任ケアマネージャー等の専門家が相談に応じてくれます。

【解説】
1 地域包括支援センターの現況
 地域包括支援センターは、厚生労働省の調査によれば、平成24年4月現在、全国に4,328カ所設置されており、ブランチ(総合相談窓口)、サブセンター(支所)を入れると、7,072カ所です。
 市区町村から包括支援事業の実施の委託を受けた者も、地域包括支援センターを設置することができます(介護保険法115条の46、3項)。この場合も責任主体は市区町村です。
 前記厚生労働省の調査によると、市区町村の直営が約3割、委託が約7割で、委託法人は、社会福祉法人が53%、社会福祉協議会が19%、医療法人が16%となっており、委託法人の割合が増える傾向にあるようです。

2 地域包括支援センターの仕事
 主に以下の4つの仕事を行います。
(1) 介護予防ケアマネジメント
 要介護状態になるおそれが高い65歳以上の高齢者について、介護予防ケアプランを作成し、そのプランに基づき介護予防事業等が実施されるよう援助を行います。

(2) 総合相談・支援
 地域の高齢者が住み慣れた地域で生活を継続していくことができるようにするため、専門的・継続的な相談支援を行います。

(3) 権利擁護
 成年後見制度の活用促進、老人福祉施設等への措置の支援、高齢者虐待への対応などを行います。

(4) 包括的・継続的ケアマネジメント支援
 主治医、ケアマネージャーなど関係機関との連携を図り、個々の高齢者の状況や変化に応じて日常的に個別指導・相談を行い、包括的で継続的なケアマネジメントを行います。

3 人員体制
 地域包括支援センターには、社会福祉士、保健師、主任介護支援専門員(ケアマネージャー)などの専門職がおかれています。
 主な担当内容としては、保健師は介護予防ケアを、社会福祉士は、総合相談や、各種介護支援機関やサービスとの連携、虐待防止、成年後見など権利擁護事業を行います。また、主任ケアマネージャーは、包括的継続的マネジメントとして、日常的な個別指導や相談、指導、助言や、医療を含めた継続的な長期ケアを行います。

4 課題
 地域包括支援センターの今後の課題としては、①介護予防の取り組みが、一つのセンターで多数の対象者をかかえ、職員不足もあり、不十分であること、②地域包括支援センターの役割や業務内容が地域住民に知られていないこと、③地域の高齢者の実態把握のためのアウトリーチが不足していること、④医療機関との連携が進んでいないこと、⑤成年後見等権利擁護の役割が十分果たせていないことなど、多くの課題があります。
 今後も委託法人の増加が予想される中で、責任主体である市区町村が、管内の各地域包括支援センターの課題を把握し、調整、統合を行ったり、センターに対して課題解決のための明確な方針を示して、積極的に支援していくことが期待されています。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q13】 成年後見監督人とはどういう人ですか 平成26年3月5日

【Q13】 成年後見監督人とはどういう人ですか

平成26年3月5日
弁護士 亀井 美智子

 私は、家庭裁判所に申立を行って、父の成年後見人に選任されましたが、その際、裁判所は成年後見監督人として弁護士の先生を選任し、年に一度、裁判所が決めた報酬を支払う必要があると言われました。成年後見監督人というのは、何をする人で、どうして必要なのでしょうか。父の老後の資金のため、できるだけ支出は控えたいですし、これまでも実際には私が父の財産を管理してきたのであり、特に助けは必要ありません。成年後見監督人を断ることはできないでしょうか。

【A13】
 成年後見監督人の選任は、申立人の意向とは無関係に家庭裁判所が行うもので、この選任の審判自体については、不服申立をすることができません。
 また、成年後見監督人に不正な行為などがない限りは、解任することもできません(民法852条、846条)。

【解説】
1 成年後見監督人とは
 成年後見監督人とは、後見人を監督する機関で、親族などの請求又は職権で家裁が選任することができます(民法849条の2)。成年後見監督人は、後見人を監督する立場であることから、裁判所の運用としては、弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職を選任しています。

 どういう場合に選任されるかというと、例えば今後、被後見人と後見人との間で遺産分割協議が予定されている場合(課題解決型)、被後見人が多額の預金や賃貸マンションを所有しており、後見人が適切に財産管理を行えるか不安がある場合(助言・指導型)、後見人が自分の生活費と同居している被後見人の生活費を明確に区別しないで管理しているおそれがある場合(不祥事防止型)などです。

2 成年後見監督人の仕事
 それでは次に、成年後見監督人は、どういう仕事をするのか、見てみましょう。

(1) 後見事務の監督(民法851条1号)
 成年後見監督人は、主として次のような方法により後見人を監督します。
① 後見人の就任時に作成する財産調査、財産目録を点検すること。
 成年後見監督人がついている場合は、成年後見監督人のチェックを受けない限り、財産調査、財産目録の作成は効力がありません(民法853条2項)。
② 後見人に後見事務報告、財産目録の提出を求めたり、後見事務、被後見人の財産状況を調査すること(民法863条1項)。
 成年後見監督人は、後見人から提出された後見事務報告書、財産目録を審査し、家裁に後見監督事務報告書を提出します。
③ 後見人が被後見人に対して債権債務があるときは、その申し出を受けること(民法855条)。
④ 重要な財産行為についての後見人の代理行使に同意を与えること(民法864条)。
 たとえば被後見人が所有する賃貸マンションを売却する場合は、成年後見監督人の同意を得る必要があります。
⑤ 後見の計算(後見人の任務終了時の管理の計算)を点検すること(民法871条)。
(2) 後見人と被後見人との利益が相反する行為について被後見人を代表すること(民法851条4号)。
 たとえば後見人と遺産分割の協議を行うときは、成年後見監督人が被後見人を代理します。
(3) 後見人が欠けた場合に新たな後見人の選任を家裁に請求すること(民法851条2号)。
(4) 急迫の事情がある場合に後見人に代わって必要な処分をすること(民法851条3号)。
 例としては、被後見人の債権につき消滅時効が成立しそうなときに行う時効の中断、倒壊しそうな家屋の修繕、などです。

3 成年後見監督人との関係
 成年後見監督人は後見人を監督する立場であって、成年後見監督人に、後見人に代わって後見人の仕事をしてもらったり、後見人の仕事を手伝ってもらったりするわけにはいきません。
 また、後見人が成年後見監督人に専門職の業務を委任することもできません。後見人が成年後見監督人の顧客になるのでは、成年後見監督人に十分な指導、監督を期待できなくなるおそれがあるためです。たとえば、後見人が成年後見監督人である弁護士に、被後見人の訴訟代理人となるよう依頼することはできません。

 しかしながら、後見人の後見事務について指導・助言を行うことは、先ほど述べように、後見監督の重要な職務の一つですから、後見人の仕事を行うに際して、どうすればよいか迷うときには、成年後見監督人に連絡を取り、その指導を仰げばよいのです。例えば弁護士が成年後見監督人のときは、後見人は、成年後見事務に関して常に法的アドバイスが受けられることになります。という訳で、せっかく裁判所が、専門知識のある信頼できるアドバイザーを付けてくれたのですから、うまく利用して適正で効率のよい後見事務を行えるよう良い関係を築いてください。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q12】 尊厳死宣言を公正証書で 平成25年6月1日

【Q12】 尊厳死宣言を公正証書で

平成25年6月1日
弁護士 亀井 美智子

 私は80歳の母と同居していますが、母は心臓が弱く心筋梗塞で倒れたことも何度かあります。母は日ごろから、延命治療は望まないと言っていますが、母の真意をきちんと確認しておかないと、私自身、万一のときに延命治療を断る勇気があるのか不安です。また、離れて暮らす兄弟たちにも母の意思がきちんと分かるようにしておく何かよい方法はないものでしょうか。

【A12】
 尊厳死宣言を公正証書により行う方法があります。公証人がお母様の真意を確認し作成します。そこで、お母様自身、宣言に際して、自己の病状や、予後に関する知識や、尊厳死の趣旨、余命治療の内容等を理解して、家族の意向なども踏まえ慎重に判断をされることになりますし、担当医師や家族に対して明確なメッセージとして残すことができます。
 
【解説】
1 延命治療とは
 延命治療とは、「回復の見込みがなく、死期が迫っている終末期の患者への生命維持のための医療行為」をいいます。具体的には、人工呼吸器、昇圧剤の使用などによる心肺機能の維持、点滴による水分・栄養補給などをいうとされていますが、これらを使用する場合でも、医師でも、どこまでが救命治療で、どこからが延命治療なのか、判断が難しい場合もあるようです。
 そして、「尊厳死」とは、「延命治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせること」をいい、その意思を表明する文書が尊厳死宣言(リビング・ウィル)です。

2 尊厳死宣言公正証書とは
 日本公証人連合会が公表しているモデル文例により、具体的に、尊厳死宣言として公正証書に記載される内容を見てみましょう。
 (1)不治で死期が迫っていることを2名以上の医師が診断したこと、(2)延命措置は行わないこと、(3)苦痛緩和処置は最大限実施すること、麻薬などの副作用で死期が早まっても許容すること、(4)家族の了解を得ていること、(5)医師や家族の刑事責任を問わないでほしいこと、最後に(6)精神が健全なときに宣言したこと、本人が撤回しない限り効力を持続すること、を記載します。

3 尊厳死宣言があれば延命措置はとられないか?
 欧米では、終末期に生命維持装置を使わないよう要請する本人作成の書面により、これに従った医師の責任を問わないものとする法律を制定している国が増えています。しかし、我が国では、まだ尊厳死を対象とする法律はありません。
 また、延命治療にあたるのか、医学的な判断が難しい場合もあります。
 そのため、尊厳死宣言の文書により直ちに医師が延命措置の中止を行うとまでは言えません。

 しかし、終末期医療における医療行為の不開始や中止は、患者本人の自己決定権の行使として、本人の決定を基本とし尊重すべきであると考えられています(平成19年5月の厚生労働省「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」)。

 判例においても、医師が、意識を失った患者の延命措置を中止したことで殺人罪に問われたケースで、患者は、幸福追求権の一つとして死の迎え方を自分で決めることができ、医師に治療の中止を求めることができるとし、病状から本人の意思を確認できないときは、本人の真意を知る手掛かりとして、事前の意思が記録されているもの(リビング・ウィル等)も確認の有力な手掛かりとなるとしています(横浜地裁平成17年3月25日、横浜地裁平成7年3月28日)。
 なお、家族の要請や承諾による治療中止については、家族の意思表示により本人の意思を推定できる場合があるとした判例と(前記平成7年の横浜地裁判例)、家族の意思のみによっては本人の意思を推定できないとする判例があります(東京高裁平成19年2月28日)。

4 尊厳死宣言を公正証書で行うことメリット
 尊厳死宣言公正証書は、公証人が、嘱託した本人から、嘱託の動機、真意、家族の意向等についても詳しく話を聞いて、助言したうえで、最終的に述べられた内容を録取して作成します。
 公証人は、本人が死の危険を想定している病気があれば、自己の病状、治療内容、予後等について十分な知識と正確な認識を持っているか、尊厳死の趣旨、余命治療の内容や、それを中止することの意味を理解しているか、家族とも十分話し合ったうえで宣言に望んでいるか、などについても詳しく話を聞いて作成するものと思われますので、本人の真意を正確に文書にすることができます。
 そこで、できれば尊厳死を迎える状況になる前に担当医師に、尊厳死宣言公正証書を渡して見てもらい、本人の意思を説明しておくとよいでしょう。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q11】 お墓は誰が承継する? 平成25年5月1日

【Q11】 お墓は誰が承継する?

平成25年5月1日
弁護士 亀井 美智子

 私の父は、これまで田舎にある先祖代々のお墓を大切に管理してきましたが、高齢のため最近は足腰が弱ってめったに行けず、代わりに私が行ってお参りや掃除をしています。母は昨年亡くなり、子供に男の兄弟はいません。今後もし父に万一のことがあったら、私たち姉妹は、お墓の刻字と違う姓ですし、お墓は誰が引き継ぐことになるのでしょうか。

【A11】
 お墓を承継する人は、第一に被相続人(父)の指定した人です。指定がない場合は、慣習にしたがって決定されます。慣習も明らかでないときは、被相続人が亡くなった後に、調停や審判を申し立てて家庭裁判所が定めることになります(民法897条)。
 
【解説】
1 お墓は祭祀財産
 お墓は、「祭祀財産」といって、被相続人が所有していたものでも、相続の対象とはなりません。そして祭祀財産は、「祭祀承継者」(2項で説明します)が承継します。
 祭祀財産には、お墓(墓石、墓碑、墓地)のほかに、祭具(位牌、仏壇、仏具、神棚など)、系譜(家系図、過去帳など)があります。墓地は、所有権の場合もありますが、多くが墓地使用権です。もっとも、墓地使用権(永代使用権など)の承継については、その墓地の管理規則に従って名義変更の手続きをする必要があります。

2 祭祀承継者とは
 祭祀承継者は、祖先の祭祀を主宰すべき者です。
 お墓の刻字と異なる姓の人でも、かまいません。実際、裁判所が祭祀承継者として被相続人と別姓の娘を指定した事例は多数あります。
 また、相続人である必要も、親族でなくても(たとえば友人)、差し支えありません。

 祭祀承継者が承継する祭祀財産は、どんなに価値があるものでも、相続財産ではありませんから、相続税の対象にはなりませんし、相続分や遺留分の計算の基礎とされることはありません。
 ただし、祭祀承継者が、祭祀を行ったり、祭祀財産を管理するについて費用がかかる場合があります。たとえば、永代使用契約を承継すると墓地管理料の支払義務を負います。けれども、その費用を他の相続人に請求できませんし、その分相続分を多くするように求めることもできないというのが判例です。祭祀承継者は、祭祀を行う義務を負うわけではないから、というのがその理由です(東京高決昭和28年9月4日)。
 
3 祭祀承継者を誰にするか
 祭祀承継者は、次のようにして決まります(民法897条)。

(1) 被相続人(父)の指定
 指定は書面や口頭でもよいし、遺言によって指定することもできます。指定された人は辞退できないと解されています。

(2) 慣習
 被相続人の指定がない場合は、「慣習」にしたがって決定されます。「慣習」とは、その地方の慣習、被相続人の出身地の慣習、被相続人の職業に特有の慣習などをいいます。
 現実には長男が承継する慣習が多いように思いますが、裁判所は、家督相続制度が廃止されたことから、長子承継の慣習が存すると認めるに足る証拠はない、と否定しています(広島高裁平成12年8月25日など)。

(3) 被相続人の指定がなく、慣習も明らかでないときは、調停や審判により家庭裁判所が定めることになります。
 なお、実際には、残された家族や親族などの話し合いにより、誰に継がせたがっていたか被相続人の意思を推定して決定されることが多いようです。

2 家庭裁判所は祭祀承継者をどのような基準で選ぶか
 家庭裁判所が祭祀承継者を指定する場合、被相続人との身分関係のほか、過去の生活関係、生活感情の緊密度、承継者の祭祀主宰の意思や能力、利害関係人の意見等諸般の事情を総合して判断するものとされています(大阪高裁昭和59年10月15日)。
 また、家制度が廃止された今日、祖先の祭祀は、もはや義務としてではなく死者に対する慕情、愛情、感謝の気持ちによってなされるべきものなので、遠い昔の祖先よりも近い祖先、つまり被相続人と緊密な生活関係・親和関係にあって、被相続人に対し、上記のような心情を強く持つ者を選ぶべきであると考えられています(東京高裁平成18年4月19日など)。

3 本件の場合
 前記のとおり、お墓の承継者を誰にするかは、被相続人の指定が最優先されますから、お父さんの意思を確認しておくことが一番いい方法と思います。指定は口頭でもいいのですが、後日問題にならないよう、書面にしておくとよいでしょう。  
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q10】 過去の扶養料の求償請求 平成25年4月1日

【Q10】 過去の扶養料の求償請求

平成25年4月1日
弁護士 亀井 美智子

 私は、自営業ですが、母が亡くなる前5年間、ずっと母の介護や生活の費用を負担してきました。母の子は三人で、私のほか二人の兄がいますが、兄たちは、一流企業のサラリーマンなのに偶に母の顔を見に来るくらいで何の負担もしませんでした。子として母親の面倒をみるのは当然ですが、私も決して楽な暮らしであったわけではないので、兄たちに一部でも負担してもらいたいのですが、請求できませんか?

【A10】
 母親が亡くなった後、過去の扶養料について、その分担金額を決めるために兄らと協議を行い、協議が整わない場合は、家庭裁判所に申し立てて、分担金額を決めてもらい、同時に兄らに対し、給付命令を出してもらうことができます。
 
【解説】
1 過去の扶養料を求償できるか
 扶養義務者については、民法877条が、直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務があると定めています。そして、扶養義務者が複数いる場合は、扶養すべき者の順序、扶養の程度・方法については、まず当事者間で協議を行い、協議が調わないときは、扶養義務者の資力等一切の事情を考慮して家庭裁判所が定めると規定されています(民法878条、879条)。
 ところで本来、この規定が想定しているのは、扶養権利者(以下「本人」といいます)が生存していて生活の扶養を必要としている場合です。
 しかし、本件のように、上記の協議が行われず、分担額を決めないうちに、本人が亡くなってしまった場合、過去の扶養料についても、上記の規定により、他の扶養義務者に求償できるでしょうか。
 これを、もし請求できないとすれば、扶養義務を負っているのに知らんふりをしていた冷淡な人が常に得をする結果となってしまい、不衡平です。そのため、過去の扶養料の分担額についても、前記の民法の規定に従い、まず協議をしてみて協議が整わない場合は、過去に遡って家庭裁判所が各自の資力その他一切の事情を考慮して扶養分担額を決めることができるというのが判例です(最判昭和42年2月17日)。そして、分担額の決定と同時に、兄らに対し、給付命令を付してもらうこともできます(家事事件手続法185条)。

2 求償の範囲
 求償できる金額は、実際に費やした額ではなく、生活費需要の範囲に止まります。家庭裁判所における生活費需要の算定は、実費方式、標準生計費方式、労研方式、生活保護基準方式などによって行われています(詳しくはバックナンバーQ2「老齢の親に対する子の扶養義務」ご参照)。

 次に、いつまでの扶養料を請求できるかです。要扶養状態となった時点まで遡って請求できるとする説もありますが、判例では、どの程度遡るかも裁判所が負担の衡平を図る見地から扶養の期間、程度、各当事者の出費額、資力等の事情を考慮して定めるとし、調停申立時から5年前に遡った時点以降の求償を認めた事例があります(東京高判昭和61年9月10日)。

3 扶養の分担額に関する協議
 民法878条、879条の扶養義務者の協議は、必ずしも扶養義務者全員に声をかけなくてもよいのです。ところで、家裁が扶養の順位を決める場合、生活保持義務を負う人(たとえば夫)、同居の親族、直系血族間、を優先する傾向にありますから、これらの人の中で、扶養の余力がありそうな親族に声をかければよいでしょう。なお、声をかけられた人は、扶養の余力がなくても参加すべきです。
 本件では、兄二人に声をかけ、まずは亡母の扶養に必要であった金額を説明してください。総務省統計局のHPや各都道府県のHPで公表されている標準生計費なども参考に示すとよいでしょう。
 次に分担額を話し合います。裁判所は、各人の資力のほか、本人の職業ないし社会的地位、相続関係(たとえば全遺産を単独相続した長男など)、過去の扶養の有無、本人が過去に扶養義務を履行しなかったこと(たとえば養育責任を果たさず十数年没交渉であった父の請求)などの事情も斟酌して決定していますので、協議の際の参考にしてください。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q9】 リバースモーゲージとは 平成25年3月1日

【Q9】 リバースモーゲージとは

平成25年3月1日
弁護士 亀井 美智子

 私の叔母は70歳近くになりますが、昨年夫が亡くなり、夫が遺した自宅以外、財産はほとんどありません。叔母は、なるべく長く自宅で暮らしたいと言っていますが、年金だけでは生活が大変なようです。ところで、高齢者が自宅を担保にお金を借りる方法があると聞きましたが、叔母の場合どうでしょうか。

【A9】
 それは、リバースモーゲージという方法です。自宅を担保にして生活資金を借入れ、死亡時に自宅を売却して借入金を一括返済することにより清算する方法です。自宅は所有していても生活資金が不足している、けれども、自宅に住み続けたいから自宅を売却できない、という高齢者に向いている制度です。

【解説】
1 民間の金融機関が行っているリバースモーゲージ
 住宅担保型老後資金ローンといい、毎年一定額を受取るか、一定の枠内で随時借り入れができ、生活資金だけでなく、自宅のリフォームや、老人ホームへの入居資金としても利用できるものもあります。
 一般には、住宅ローンに比べて金利が高く、変動金利です。例えば契約者は、年齢が60歳以上であること、対象不動産は、土地付一戸建て(マンションは不可)で同居人がいないこと(配偶者は可)、評価額が8000万円以上であることなどの契約条件があり、担保不動産の場所を一定の都府県に限定している銀行もあります。
 バブル崩壊による不動産価格の下落によって多くのリバースモーゲージが担保割れした苦い経験を踏まえ、契約者、借入限度額、担保不動産などについて、各金融機関により様々な厳しい契約条件が付けられています。

 ところで、上記のような民間の銀行・信託銀行が行う従来のリバースモーゲージは、裕福な高齢者が対象ですが、平成14年以降、低所得者や要保護世帯向けに、行政(全国の都道府県社会福祉協議会)が主体となってリバースモーゲージが行われるようになりました。
 ここではご相談者のケースの低所得者向け不動産担保型生活資金(旧称「長期生活支援資金」)を取り上げ、その後リバースモーゲージに共通するリスクについて説明したいと思います。

2 不動産担保型生活資金
 不動産担保型生活資金は、都道府県社会福祉協議会(窓口は市町村社会福祉協議会です)が、低所得の高齢者向けに行っている、生活資金を貸し付けるリバースモーゲージです。以下に主な契約条件と借入内容について述べます。
(1) 契約者の条件(原則)
 65歳以上であること。
 単身又は夫婦のみであること。
 住民税の非課税または均等割課税程度の低所得世帯であること。

 このほか、連帯保証人や推定相続人の同意が必要です。これは契約者の死亡時に、推定相続人が相続できると期待している不動産を、貸付先が売却換金することになることから、相続人とのトラブルを回避するためです。

(2) 担保不動産の条件
 一戸建て(マンションは認められない)
 単独所有。ただし、同居の配偶者と共有で、その配偶者と連帯して借り入れる場合は、認められます。
 賃借権等の利用権及び抵当権等の担保権が設定されていないこと。
 土地の評価額が原則として1500万円以上であること。

(3) 貸付内容
 月額30万円以内を3カ月ごとに交付
 貸付限度額 土地の評価額の70%
 利率  年3%(4月1日時点の長期プライムレートのいずれか低い方)
 貸付期間 貸付限度額に達するまで
 終了 借り受け人の死亡(ただし、夫婦で居住していた場合は生存配偶者が承継できます)。
  
3 リバースモーゲージが抱える将来のリスク
 リバースモーゲージは、現預金のない高齢者が老後の資金を手にできる便利な制度ですが、備えておかなければならない将来のリスクがいくつかあります。以下は「3大リスク」といわれているものです。
(1) 不動産の下落による担保割れのリスク
 不動産の時価評価が下落して、借入金債務の額を下回ると、融資が停止されるか、追加担保をしなければならなくなります。
(2) 金利上昇による融資打ち止めのリスク
 金利上昇により契約終了前に融資残高が不動産評価額を越えてしまうとそれ以上融資が受けられなくなってしまいます。
(3) 長生きによる融資打ち止めのリスク
 長生きは結構なことなのですが、生きている間に融資残高が不動産評価額を越えてしまうと、融資が受けられなくなってしまいます。貸付が停止されても、住み続けることはできますが、以降は利息を支払い続ける必要があります。

4 おわりに
 前記のとおりリ、リバースモーゲージには様々な契約条件があるほか、将来のリスクも考慮のうえ、余裕を持って、毎月いくら、いつまで借り入れるのか、慎重に計画を立てる必要があります。そこで、不動産担保型生活資金をご希望の方は、ご親族とも十分協議のうえ、まずは、お住まいの区市町村社会福祉協議会にご相談ください。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q8】 介護事故 平成25年2月1日

【Q8】 介護事故

平成25年2月1日
弁護士 亀井 美智子

 私の父は、要介護認定を受けて有料老人ホームに入居していますが、先日施設から連絡があり、父が転んで骨折し、入院したというのです。父は自宅にいたときからよく転んでいたので、注意してください、と何度も施設の人には話しておいたのに、プロがいて何でこんなことになるのでしょうか、納得できません。損害賠償を請求できませんか?

【A8】
 入所利用契約上、施設は、利用者の心身の状況を前提として、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っており、その義務違反があれば、債務不履行による損害賠償責任を追及することができます。安全配慮義務違反の有無は、施設が把握していた利用者の心身の状況について、介護記録、要介護認定の際の調査書、医師の意見書、ケアプランなどの資料を調査します。そのうえで、事故の状況について、医師の診断書、介護事故報告書のほか、事故の具体的状況の詳細について施設側から説明を聞く必要があります。なお、調査票、介護事故報告書は、市町村に対する情報開示請求により入手します。

【解説】
1 施設の安全配慮義務
 転倒や誤嚥など介護事故により近親者が損害賠償請求の訴訟を起こすケースが増えています。特に、施設側が利用者の心身の状況を十分に把握していないショートステイで事故が多発しているようです。
 ところで、要介護認定を申請すると、調査員が、介護の必要性について、85項目について、調査を行い、その他、移動、動作、コミュニケーション、問題行動等の特記事項が調査票に記載されます。それから、要介護認定を受けると、ケアマネージャーがさらに調査をして、その人はどのような介護サービスをどれだけ受けるかについて、ケアプランを作成するしくみになっています。
 施設側は、これらの介護認定の際の調査票、医師の意見書、ケアプランのほか、在宅での介護状況、医師の診断結果、病歴などを調査し、適切な介護を行う必要があります。
 次に、具体的に、施設の安全配慮義務がどのようなものか、介護事故により損害賠償を請求した事例について、判例を見てみましょう。

2 施設側の損害賠償責任を認めた事例
(1) 介護老人保健施設に入所中の高齢者が職員が見守っていないときに転倒、骨折した事例で、裁判所は、「被告は、原告が本件介護施設入所後多数回転倒しており、転倒の危険性が高いことをよく知っていたのであるから、入所利用契約上の安全配慮義務の一内容として、原告がベッドから立ち上がる際などに転倒することのないように見守り、原告が転倒する危険のある行動に出た場合には、その転倒を回避する措置を講ずる義務を負っていた。」とし、見守りの空白時間に事故が起きたとすれば見守りが不十分であったと言わざるを得ないとして、債務不履行責任を認めました(東京地裁平成24年3月28日)。

(2) 指定痴呆対応型共同介護施設(グループホーム)において、要介護者がカーテンを開ける際に転倒し(第1事故)、大腿骨骨折により入院し手術を受けリハビリにより歩行可能となった約4カ月後、再びカーテンの開閉時に転倒し(第2事故)、坐骨骨折により入院したケースで、裁判所は、第1事故後も、就寝後の巡視や原告居室内のタンスの配置換えにより原告の転倒を防止する配慮をしたに止まり、「それ以上の対策、例えば、被告職員が把握していたカーテンの開閉などの原告の習慣的な行動は、被告職員の巡視や見守りの際にさせたり、原告が1人で歩く際には杖などの補助器具を与えるなどの対策をとったり、そうした対策を検討していた形跡はない」などとして、施設の損害賠償責任を認めました(神戸地裁伊丹支部平成21年12月17日)。

3 施設側の損害賠償責任を否定した事例
(1) 短期入所生活介護(ショートステイ)として入所した要介護の高齢者が、転倒により頭部に受傷した事例で、裁判所は、「被告は、本件介護契約の付随的義務として、原告に対し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務(以下「安全配慮義務」という)を信義則上負担していると解される。もっとも、その安全配慮義務の内容やその違反があるかどうかについては、本件介護契約の前提とする被告の人的物的体制、原告の状態等に照らして現実的に判断すべきである。」とし、夜間徘徊して転倒しないよう個室に離床センサーを取り付けて対応し、反応する都度部屋を訪問し原告を臥床させていたこと、ケアマネージャーに退所させることや睡眠剤の処方を相談していたこと、転落防止の柵を設置していたことなどから、安全配慮義務違反はないとしました(東京地裁平成24年5月30日)。

(2) グループホームで要介護者が嘔吐、下痢等の症状を呈し、入院先で死亡したケースで、控訴人側が、嘔吐した時点で要介護者(亡太郎)を緊急搬送していれば生存していたと主張したのに対し、裁判所は、嘔吐した時点で亡太郎に意識障害は認められず、血圧・脈拍等にも特段の異常はなかったのだから、直ちに医療機関に緊急搬送すべき必要は認め難いとし、「このような状況の下で看護師の指示に従って水分補給等の措置をとり、同日午後11時30分以降入眠した亡太郎の経過観察を継続した被控訴人担当者の措置が、介護施設の担当者としての注意義務に違反するものでない」とし、施設側の責任を否定しました(東京高裁平成22年9月30日)。

4 以上の判例によると、裁判所は、当該施設の人的物的設備を前提として介護契約上の義務の範囲程度を検討しており、また、利用者に関し過去に同様の事故が起こっていた場合は、施設側の具体的な再発防止策が重視されているようです。
 そこで、お尋ねのケースでも、施設側が、お父さんの転倒防止についてどのような配慮や対策をしていたのか、十分な説明を聞く必要があります。なお、施設が施設賠償責任保険に加入している場合もありますので、その点も確認してみてください。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q7】 サ高住とは 平成25年1月1日

【Q7】 サ高住とは

平成25年1月1日
弁護士 亀井 美智子

 私の父は、一昨年母が亡くなった後、遠方で一人暮らしをしていますが、最近体力が落ちて物忘れも激しくなり、食事のことや、今後介護が必要となった場合が心配です。父に相応しい高齢者向けの住宅にはどのようなものがありますか?

【A7】
 食事サービスが受けられて、将来介護が必要となった場合にも対応できる高齢者向け住宅施設としては、サービス付き高齢者向け住宅(食事サービス付のもの)、軽費老人ホーム(ケアハウス)、介護付有料老人ホームが上げられます。
 そのうち、サービス付き高齢者向け住宅(以下「サ高住」と言います)は、安否確認、生活相談などの見守りサービスの付いたバリアフリー構造の高齢者向け賃貸住宅で、平成23年10月に施行された「高齢者の居住の安定確保に関する法律」(以下「高齢者住まい法」と言います)の改正により、新たに創設されました。この住宅の契約に際しては、同法により、権利金の取得禁止や、入居一時金の保全措置、解除制限などの消費者保護規定が適用されます。

【解説】
1 サ高住の創設趣旨
 近年、比較的お元気か、要介護度がそれほど高くない高齢者単身、高齢者夫婦世帯が急激に増加し、高齢者向け住宅が大幅に不足しています。それに対し、従来の高齢者向け賃貸住宅(高齢者円滑入居賃貸住宅、高齢者専用賃貸住宅)は、医療・介護事業者との連携や、行政の指導監督が不十分である点が指摘されてきました。
 そこで改正法は、新たに高齢者に相応しいバリアフリーな構造に、高齢者が安心できるサービスを付加した賃貸等の住宅、サ高住を創設しました(上記の高円賃、高専賃は廃止されました)。
 また、改正法では、解約や前払い金を巡る紛争を防止する消費者保護規定が置かれ(高齢者住まい法第7条)、立入検査、是正指示、登録取消など行政の指導監督権限も強化されました(同法第24条以下)。

2 入居条件
 60歳以上であれば、要介護者でも入所できます。

3 入居時の費用、家賃
 入居時の費用としては、敷金、及び一部家賃・サービス費の前払金のみ徴収が可能です。
 家賃は月額約5万円から15万円くらいと言われています。

4 規模・設備
 住まいは、段差がなく、手すりが設置されているなどバリアフリー構造で、原則として、各専用部分につき、床面積は25㎡以上、台所、水洗トイレ、収納設備、洗面設備、浴室を備えています。

5 サービス
 ケアの専門家(看護師、介護福祉士、社会福祉士、ホームヘルパーなど)による安否確認サービス、及び生活相談サービスの二つは義務化されています。
 その他は介護、医療、生活支援などについて、サービスの内容は施設によって様々であり、入居者のニーズにあわせて施設を選べます。

6 消費者保護措置
 サ高住を行おうとする業者は、都道府県知事による登録を受ける必要がありますが、登録申請の際、次の基準に適合する契約であることが要求されます(高齢者住まい法第7条)。
 書面による契約であること、居住部分が明示されていること、権利金などの取得禁止、前払金の算定基礎・返還債務の金額の算定方法明示、入居後3カ月以内の契約解除・死亡の場合の前払金返還、長期入院を理由とする一方的解約禁止、住宅工事完了前の前払金受領禁止、前払金の保全措置を講じていること、などです。
 これらは、従来から有料老人ホームなどでトラブルになっていた問題ばかりですから、消費者としては、ある程度安心して契約をすることができます。ただし、施設によって賃料の金額・支払方法、サービスの内容・金額・支払方法、敷金等前払が必要な費用・金額、賃貸開始・終了時期、専用部分、共同利用の部分とその使用料、付属施設とその使用料、など異なりますから、契約書のチェックは怠らないようにしましょう。

7 相応しいサ高住を選ぶ
 できたら住みなれた環境で、地域社会と交流しながら、ケアを受けつつも、いつまでも自分らしく生き生きと暮らしてほしい、というのが家族の願いでしょう。そのために住まい選びは重要です。サービスやケアの付いた住宅に住み替えるには、将来にわたる本人の身体状況、経済状況をふまえて安心な住まいを選ぶ必要があります。
 サ高住については、都道府県、政令市、中核市の住宅課などの窓口で閲覧できますし、ホームページ(http://www.satsuki-jutaku.jp/)でも全国の登録されたサ高住の施設やサービス内容などを検索できます。
 いくつか候補を絞ったら、本人が同行して見学し、その希望を聞くことはもちろん重要です。しかし、家族としても、質問事項を事前にメモしておいて、実際に何度か施設に足を運んでみて、契約書の内容や介護が必要となった場合について説明を聞き、施設を案内してもらい、居住者の様子や、施設管理者や介護の従業員の様子を観察し、質問してみることも欠かせない作業と思います。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q6】 大量の寝具購入を解除したい 平成24年12月1日

【Q6】 大量の寝具購入を解除したい

平成24年12月1日
弁護士 亀井 美智子

 私の母は70歳で一人暮らしをしています。しばらくぶりに実家を訪ねたところ、部屋いっぱいに羽ふとんや毛布、シーツ類が4、5組積まれています。事情を尋ねると、業者が何度か家を訪ねてきて、疲れが取れて身体によい、お客さんにも喜ばれるなどと薦められ、何度か買ってしまったようなのです。しかし、年金生活者の母にとって50万円程度になる高価な買い物ですし、私以外めったに人が泊まりに来ることなどありませんから、解除したいのですが、できませんか?

【A6】
 特別の事情がない限り、過量販売として、契約時から1年以内であれば、売買契約を解除することができます(特定商取引法9条の2)。もし、クレジットで購入していれば、クレジット契約も解除することができます(割賦販売法35条の3の12)。契約時より1年を過ぎている場合でも、民法により、詐欺、錯誤、公序良俗違反等を主張して契約を取消したり無効にできる可能性があります。

【解説】
1 過量販売の規制
 着物、寝具、健康食品、住宅リフォーム等について、業者の訪問販売により、高齢者を中心に、次々と契約を押し付けられ、過剰に商品を購入させられて、深刻な被害を生じています(過剰販売、次々販売などといいます)。
 ところで、民法の詐欺、錯誤等の規定で契約を解消しようとすると、消費者の方で、契約の一つ一つについて、勧誘行為の違法性や、意思表示の瑕疵を立証する必要がありますが、それは容易ではありません。高齢者など購入した記憶がないことさえしばしばです。
 そのため、平成20年の改正により、過量な販売を行ったときは、取引ごとの勧誘行為の違法性を証明しなくても、契約を解除できるようにして被害を救済しやすくしました。
 改正法は、訪問販売により過量な商品・役務を購入した場合、購入者はその契約を解除することができると定めたのです。ただし、過量購入を必要とする特別の事情があったことを販売業者の側で証明したときは、購入者は解除できないことにしました(特定商取引法9条の2)。そして、それらの商品・役務をクレジットで購入していた場合は、そのクレジット契約も解除できるように定めました(割賦販売法35条の3の12)。

2 過量販売とは
 「過量」とは、その商品の分量がその申込者の「日常生活において通常必要とされる分量を著しく超える」場合をいいます(特定商取引法9条の2第1項)。
 具体的には、家族構成、財産の状況、商品の種類・特性・価格、購入目的など個々の事案に応じて判断されます。
 過量性の目安について、公益社団法人日本訪問販売協会は、実態調査に基づいて、平成21年10月、「通常、過量には当たらないと考えられる分量の目安」について、まとめています。それによれば、一人が使用する量として、寝具(敷布団、掛け布団、毛布、枕等)は1組とされています。先ほど述べたように「過量」になるかは個々の事案ごとに判断されますから、この目安を超えると直ちに過量販売になるわけではありませんが、一応の参考にはなります。ちなみに、健康食品なら、1年間に10か月分、着物(着物・帯・襦袢・羽織・草履等)なら、1セット、住宅リフォームなら、築10年以上の住宅一戸につき1工事、が目安とされています。
 お母さんの場合、高齢の一人暮らしで、あなた以外はめったに宿泊者はないというのですから、寝具一式を何組もそろえる必要はなく、かつ50万円は年金生活者にとって高額な負担であり、過量にあたると思われます。
 そこで、お尋ねのケースでは、少なくとも1組を超える寝具類の販売は過量販売として解除ができるものと思われます。

 なお、複数回にわたり契約を締結する場合、業者に過量な販売となることの認識が必要ですが(特定商取引法9条の2第1項2号)、お尋ねのケースでは、同一業者が繰り返し販売したようなので、その業者が過量性を認識していたことは明らかです。

3 契約を必要とする特別の事情がある場合とは
 例えば、親族等に贈るためとか、家族等に頼まれて追加購入する場合とか、多人数が泊まりにくる予定があるなど、特に布団が何組も必要である特別の事情がある場合、その事情の存在を業者が明らかにしたときは、解除できません。

4 解除した場合の効果について
 過量販売で解除した場合、お母さんは、支払った代金の返還を受けることができます(特定商取引法9条6項) 。
 解除した契約により受取った寝具類は業者に返還しなければなりませんが、引取費用は業者負担です(同条4 項)。
 なお、業者は、解除に伴う損害賠償や違約金の請求はできません(同条3項)。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q5】 施設での虐待の疑いがあるとき 平成24年11月1日

【Q5】 施設での虐待の疑いがあるとき

平成24年11月1日
弁護士 亀井 美智子

 私の母は要介護認定を受けて、ある老人ホームに入所しています。私が訪問したときの母の態度から、もしかしたら施設で母が虐待されているのではないかと思いました。もし虐待なら止めさせたいのですが、どうすればいいですか? 公にしたら、かえって私がいないときに母がいじめられることになったらと心配ですが、大丈夫でしょうか?

【A5】
 老人ホームの従業員から虐待されている疑いがあるときは、市区町村の高齢者虐待対応窓口に通報してください。あなたに虐待なのか確信がなくても市区町村の方で事実確認をしてお母さんの身の安全を第一に必要な措置を講じてくれます。通報者が誰かについては、通報先には関係機関も含め守秘義務が課されるので、施設には分かりませんから、通報を理由にお母さんがいじめられることはないと思います。

【解説】
1 高齢者虐待防止法とは
 正式名称は、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」といいます(以下条文数のみ引用)。この法律が高齢者を養護する者の支援も目的としているのは、高齢者を養護している家族などの精神的・肉体的・経済的負担を軽減しない限り、養護者の高齢者虐待は無くならないという認識に基づくものです。
 そして、この法律は、老人福祉施設など養介護施設の業務に従事する者による高齢者虐待の防止についても定めています。

2 通報、届出
 養介護施設の従事者による虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、誰でも市区町村に通報する義務ないし努力義務があります(21条2項、3項)。市区町村に問い合わせれば、高齢者虐待対応窓口が用意されていますので、そこで相談してください。
 上記のとおり、この法律では、虐待を受けたと「思われる」ときには通報する義務があるのですから、あなたのように虐待を受けたと確信を持てない場合でも問題ありません。通報を受けた市区町村では、まずは虐待の事実関係の確認や高齢者の安全確認を行います。そして、虐待が疑われる場合は速やかに施設等に対し後記の権限行使を行って虐待の防止と高齢者の保護を行うことになっていますので、まずは相談してください。
 その施設の従事者が虐待を受けた思われる高齢者を発見したときも同様に通報義務があります(21条1項)。通報を理由に施設が従事者を解雇など不利益な取扱いをすることは禁止されています(同条7項)。
 勿論虐待を受けている高齢者自身も、市区町村に届出をすることができます(同条4項)。

 厚生労働省が公表した平成22年度の高齢者虐待防止法に基づく対応状況の調査結果によれば、虐待と判断された件数は、養護者によるものが16,668件に対し、養介護施設従事者等によるものは96件に過ぎませんが、前年度から26%の大幅な伸びを示しています。

3 守秘義務、個人情報の保護
 虐待の通報を受けた市区町村の職員及び市区町村から報告を受けた都道府県の職員は、通報・届出をした者を特定させるものを漏らしてはならないと定められています(23条)。
 ですから、通報しても市区町村の職員等から施設に、あなたからの通報だと知られることはありません。
 また、通報の内容は、高齢者、養護者、相談者に関する情報を含みますし、内容自体、個人のプライバシーに関わる問題ですから、個人情報保護法の適用があります。従って、本人の同意を得た目的以外に利用できませんし(個人情報保護法16条)、本人の同意を得ずに第三者に提供することもできません(同法23 条)。

4 虐待に対する対応措置
 通報を受けた市区町村、都道府県は、老人福祉法又は介護保険法による権限を適切に行使して養介護施設の業務・事業の適正な運営を確保することになります。

 老人福祉法により、都道府県知事は、施設長等に対する報告徴収、立入検査、改善命令、事業停廃止命令、認可取消を行う権限があります(老人福祉法18条、19条、29条など)。

 また、介護保険法により、都道府県知事または市町村長は、介護保険上のサービスに関し、必要なときは、事業者等に対する報告徴収、立入検査、勧告、措置命令、指定取消を行う権限があります(介護保険法76条、76条の2、77条など)。

 前記の厚生労働省の平成22年度調査結果によれば、平成22年度に実際に施設に対して取られた措置としては、事業者等に対する報告徴収、関係者への質問、立入検査、指導、改善計画を提出をさせるなどが多いようです。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q4】 認知症と遺言をする能力 平成24年10月1日

【Q4】 認知症と遺言をする能力

平成24年10月1日
弁護士 亀井 美智子

 父が「お前はずっと私のそばにいて面倒を見てくれたから、遺産は全部お前にあげたい。」と言ってくれました。遺言書を書いてくれるというのですが、父は高齢で認知症を患い、現在要介護3です。将来父が亡くなったとき、そのことを問題にされて、兄弟たちから遺言は無効だなどと言われたくないのですが、大丈夫でしょうか?

【A4】
 父が成年被後見人の場合は、医師2名以上の立会が必要です。そうでない場合は、公正証書遺言の方式にして、事前に公証人に遺言者が認知症である旨の事情を話して遺言能力を慎重に確認してもらうとともに、できれば遺言作成の際に医師の立会を求めることが望ましいと考えます。

【解説】
1 遺言能力
 民法961条は、15歳に達した者は、誰でも遺言ができると規定しています。認知症や要介護者だからといって、一概に遺言ができないわけではありません。ただし、遺言も法律行為ですから、遺言者が遺言事項を具体的に決定し、その効果を弁識できる意思能力(遺言能力)を有していることが必要です。
 たとえば成年被後見人でも、一時的に遺言能力を回復したときに遺言をすることができます(民法962条)。ですから、父が認知症で要介護3でも、遺言する時に遺言能力を有していれば、遺言は有効に行えます。

2 遺言の方式には、どのような種類があるか。
 生命の危険が急迫している等特別な事情のない場合の普通方式の遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。

 「自筆証書遺言」(民法968条)は、遺言者がその全文、日付および氏名を自署し、これに押印して作成する遺言です。

 「公正証書遺言」(民法969条)は、二人以上の証人の立会を得て、遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授し、それを公証人が筆記して遺言者及び証人に読み聞かせ、遺言者、及び証人が筆記の正確なことを承認した後、各自が署名捺印して作成する遺言です。
  
 「秘密証書遺言」(民法970条)は、遺言者が遺言の内容を秘密にしておきたいときに採用する方式です。遺言者が署名押印した遺言書を封印をして公証人及び証人二人以上の前に封書を提出し、自分の遺言書である旨と筆者の氏名及び住所を述べ、公証人が日付と遺言者が述べたことを封紙に記載して、遺言者、証人、公証人が封紙に署名捺印する遺言です。

3 成年後見が開始されている場合
 もし、父親について成年後見が開始されている場合で、父親が一時回復した時に遺言するには、上記いずれの方式の場合でも、民法973条により医師二人以上の立会がなければなりません。
 医師は、自筆証書遺言、公正証書遺言には手続きの最初から最後まで立会います。秘密証書遺言は、遺言の内容は秘密なので医師は遺言の作成には立ち会わず、遺言者が封書を公証人の前に提出したとき以降立会います。
 そして、遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言のときに事理弁識能力を欠く状態になかったことを遺言書に付記して署名捺印します。そのため、この手続きに従って行えば遺言能力の問題で遺言が無効とされる可能性は低いと思います。

4 成年後見が開始されていない場合
 成年後見が開始されていない場合、医師の立会は要件ではありません。
 その場合に、どの種類の遺言を選んでも、およそ遺言無効は問題にされないという方式はありませんが、公正証書遺言が比較的望ましいと考えます。というのは、公証人が遺言内容について一つ一つ本人の意思を確認し、かつ証人二人が遺言の内容に関し、遺言者の真意に出たものであることを確認するからです。
 もっとも後記判例にあるように、公証人や証人らが作成当日遺言者と初対面であるのでは、遺言能力について判断できない場合もあります。そこで、事前に公証人や証人に遺言者が認知症である旨の事情を話して遺言能力を慎重に確認してもらうようにしましょう。
 また、公証人や証人が立ち会って確認しても、医学的見地から、遺言能力を証明することにはなりません。そこで日常の行動などから遺言者の認知症が進行していることが疑われる場合には、やはり民法973条と同様に作成時に医師に立会ってもらうことが望ましいと考えます。
 軽度の認知症である場合や、医師の立会が難しい場合に、後日遺言作成時の遺言能力を証明するためには、作成日に近い日の医師の診断書や診療記録、看護日誌、介護日誌等を準備しておく必要があります。

5 認知症の高齢者で遺言能力が争われた事例
 最近は、認知症の高齢者が作成した遺言について、遺言能力をめぐる争いが増加しています。
 以下に、認知症の高齢者について、遺言能力を欠き遺言を無効とした事例(1)、(2)と、遺言能力がないとは言えないとして遺言を有効とした事例(3)を取り上げます。

(1) 司法書士が立会った公正証書遺言のケースで、裁判所は、認知症の診断を受けていた87歳の遺言者について訪問看護記録書や医師の診療情報提供書などから遺言作成当時、遺言者の認知症の症状は進行していたとし、また、遺言者の遺言作成の動機が被害妄想的であること、遺言の内容が長年介護した者を相続人から排除するなど遺言の意味内容を理解していたとは思われないことから、遺言能力が無く遺言は無効であるとしました。当時、証人として立ち会った司法書士は遺言能力があると判断していましたが、裁判所は、その司法書士が作成当日初めて遺言者と会い、事前に医師や介護施設職員の意見を聴取していなかったことから、その判断を認めませんでした(東京高裁 平成22年7月15日)。

(2) 弁護士が立ち会った自筆証書遺言のケースで、遺言者は、遺産の大部分を実子に相続させる公正証書遺言を作成した後、認知症となり、介護にあたった妹に全てを相続させる旨の自筆証 書遺言を複数の弁護士の立会の下に作成しましたが、その際の遺言能力が争われたケースです。
 裁判所は、遺言能力の有無は、遺言者の心身の状況・健康状態のほか、遺言の内容や前の遺言を変更する動機・事情の有無等も考慮して判定すべきであるとしたうえ、遺言者は、脳血管性認知症により、判断力・記憶力が低下しており、前遺言の後、実子に遺産を全く相続させないことを決意する動機及び事情が生じたとは認められず、自筆証書遺言作成のきっかけが、本人が前遺言の内容の変更を申し出たのではなく、遺言者を介護してきた妹の希望によるものであったことなどの事情を考慮し、遺言能力を欠くと判断しました(東京地裁 平成16年7月7日)。

(3) 最後に、認知症により要介護5の認定を受けていた遺言者が、弁護士立会いの下作成した公正証書遺言について、遺言を有効とした判例があります。
 遺言者の認知症は、交通事故による脳挫傷などの器質性認知症であるため認知機能が残存している部分が見られる可能性があること、要介護認定の際、日常生活はほぼ自立していると判断されていること、遺言の内容が長男に全部相続させるという比較的簡単なものであったこと、遺言を作成に至る経緯や、作成当日の行動について弁護士も公証人も特に異常な点を認めていないことなどから、遺言能力がなかったとはいえないとしました(大阪高裁 平成21年6月9日)。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q3】 親の介護と遺産分割 平成24年9月1日

【Q3】 親の介護と遺産分割

平成24年9月1日
弁護士 亀井 美智子

 私は、認知症になってしまった母親の介護を10年間続けてきました。兄や姉は年に数回母を見舞う程度で、母の介護は私にまかせきりです。万一母が亡くなって、兄姉と遺産分割の話になったとき、私の相続分を多くしてもらうことはできるのでしょうか?

【A3】
 介護により、母親に対して親族間の生活扶助義務の限度を超えて特別の寄与をした場合は、遺産分割の協議に際して、寄与分を主張することができます。

【解説】
1 寄与分とは
 共同相続人の中に、被相続人の事業に関する労務提供または財産上の給付、被相続人の療養看護等で被相続人の財産の維持・増加に「特別の寄与」をした人がいる場合は、寄与を考慮してその人の相続分を多くしないと不公平です。
 そこで、民法904条の2は、寄与者の相続分は、寄与の分だけ、ほかの相続人よりも多くの遺産を取得できるように定めました。 

2 寄与行為の要件
 「特別の寄与」とは、被相続人との身分関係に基づいて通常期待されるような程度を超える貢献をいいます。
 直系血族では互いに扶養する義務がありますし(民法877条)、互いに助け会う義務があります(民法730条)。これらの義務の範囲内の行為は通常の寄与であって、特別の寄与には当たりません。
 したがって、あなたが療養看護による寄与を主張するためには、子の親に対する通常の面倒見扶養の程度を越えたものでなければなりません。
 そして、療養看護によって、たとえば看護人の費用の支出を免れたなど相続財産が維持されたという財産上の効果をもたらしたことが必要です。被相続人を精神的に支え続け、被相続人から感謝されていたとしても、財産に反映されない場合は特別な寄与にはなりません。
 なお、相続人自身が療養看護しなくても、第三者に療養看護させて相続人がその費用を負担するという態様も可能です。

 少し具体的な事例を見てみましょう。
 特別の寄与と認めなかったケースは、相続人が、被相続人の食事を作るなど家事の手伝いに遠方から通ったことや、被相続人が入院した期間中は病院に通って差入れをした、などと主張しましたが、裁判所は、被相続人は自立した生活をしていたことなどから、同居の直系親族としての通常期待される扶養義務の範囲を超える療養看護をしたとまでは評価できないとし、特別の寄与には該当しないとしました(広島家裁呉支部 平成22年10月5日)。

 特別の寄与と認めた判例としては、相続人が、身体が不自由になった被相続人に対し、長年にわたって失禁の後始末や、おむつ交換、食事の介添え等を行い、痴呆が進行して入院した後も、病院に通って介護したり、病院に泊まり込んで付き添うなどし、さらに生活費、治療費、介護用品購入費用について被相続人の収入で足りない部分を負担してきたことから、特別の寄与と認めた事例があります(広島高裁岡山支部 平成12年11月29日)。

3 寄与者の取得する遺産の計算方法について
 寄与者の取得する遺産は、寄与分の額と、それを除いた相続財産の法定相続分の割合による遺産を加えた額になります。
 寄与分の決め方ですが、まず全相続人の協議で定め、協議が整わないときには家庭裁判所の調停で話し合い、それでも決まらないときは、家庭裁判所が寄与の時期・方法・程度、相続財産の額など一切の事情を考慮して、審判で決定します(民法904条の2、2項)。
 寄与分の額は、一定金額で定める方法と、全遺産における割合で定める方法があります。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q2】 老齢の親に対する子の扶養義務 平成24年8月1日

【Q2】 老齢の親に対する子の扶養義務

平成24年8月1日
弁護士 亀井 美智子

 息子の生活に余裕があるのに、母親に生活保護を受けさせたことを非難するマス コミ報道を聞きましたが、法律上、独立した子は親を扶養する義務がありますか。子の扶 養義務とは具体的には何をする義務ですか?子の生活もぎりぎりのときはどうなるのでしょうか?

【A2】
  子の親に対し、自分の社会的地位、収入等相応の生活をした上で余力がある場合に 限り、必要最低限の生活費を分担すれば足ります(生活扶助義務といいます)。

【解説】
1 扶養とは
 扶養とは、自分の力だけでは生活できない人に経済的援助をすることです。
 扶養義務者は、配偶者、直系血族、兄弟姉妹です(民法760条、877条1項)。ただし、特別の事情があれば家裁はこれ以外の3親等内の親族にも義務をわせることができます(民法877条2項)。
 そして、扶養義務には、二種類あります。
 「生活保持義務」と「生活扶助義務」です。
 「生活保持義務」というのは、自分の収入、資産を使って被扶養者に自分と同程度の生活を保持させる義務です。例としては、夫婦間、親と未成熟子間の扶養があります。
 それに対し、「生活扶助義務」というのは、扶養義務者が自分の職業や社会的地位にふさわしい生活をしたうえでなお余裕がある場合だけ、被扶養者の必要最小限の生活を保障する義務です。成熟した子が親に対して負う扶養義務がこれです。
 したがって、成熟した子は上記のとおり生活に余裕がある範囲で親に対して扶養義務を負いますが、子の生活もぎりぎりのときは、扶養義務は負いません。

2 扶養義務の方法・程度
 誰がどのような方法でどの程度扶養するかについては、当事者の協議で決めるのが原則ですが、話し合いで合意できないときは、家庭裁判所に調停の申立をし、調停が成立しないときは、家庭裁判所が、審判で義務者に一定の扶養を命ずることになります(民法879条、家事審判法17条、26項)。

 裁判所が命ずる扶養の方法には、引取扶養と金銭扶養があります。
 引取扶養は、同居することになる家族との人間関係がありますから、実際には親子とも同意した時にしか、命ずることはできないと思われます。
 金銭扶養の場合、親が必要とする生活費を計算して扶養料の額を決め、それを子の扶養能力に応じて割り振ることになります。

 扶養料には、衣食住の経費のほか、医療費、教育費、最小限度の文化費、娯楽費、交際費などが含まれます。算出方法は、生活保護基準、総務省統計局や各都道府県の標準世帯の生活費、労働科学研究所の算出した標準的消費量などを参考に算出されます。
 なお、扶養の方法・程度は、扶養義務者の親族関係や資力のほか、これまでの交際状態、生活困窮の原因、扶養義務者が過去に要扶養者に虐待されたような事情(例えば子を捨てて顧みなかった親)など一切の事情が考慮されて決定されます(民法879条)。

3 生活保護との関係  
 生活保護法4条には、「民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」と定められており、生活保護は、私的扶養を補足するものと位置付けられています。
 もっとも、生活保護法は憲法25条の生存権に基づく保障です。ですから、現状として生活できない以上、国は、余力のある親族がいるからといって保護を拒絶することはできません。現実に扶養を受けられない場合は取りあえず保護をし(生活保護法4条3項)、保護の実施機関は、扶養義務者からその費用を徴収することになります(同法77条)。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

【Q1】 施設との契約 ー 字が書けない場合 平成24年6月1日

【Q1】 施設との契約 ー 字が書けない場合

平成24年6月1日
弁護士 亀井 美智子

 老人ホームに入所するときの契約を、父は字がかけないので、私が代わりにサインしても大丈夫でしょうか?

【A1】
 本人に意思能力がないのに、親族が本人の名前で契約した場合、入所契約は、原則として無効となります。

【解説】
第1 本人に意思能力がある場合
 父に意思能力はあるが、手が震えるなどして字がかけないので、親族が本人の名前でサインする場合については、親族が本人の手足としてサインを代行するに過ぎません。そのため、本人と施設との間で入所契約は有効に成立します。
 因みに「意思能力」というのは、自己の法律行為によって自己の権利義務に変動が生じることを判断できる精神状態にあることをいいます。具体的にいうと、この場合は、入所契約により受けるサービス内容や利用料金の支払について理解し判断する能力があることです。意思能力の有無は、契約時点の本人の状態で判断します。

第2 親族が親族の名前で契約する場合
 この場合は、施設がサービスを父に提供し、親族が施設に利用料金の支払いをする契約として有効に成立します。
 もっとも、父が、単にサービスの提供を受ける立場に止まらず、サービスの提供を受ける「権利」を取得するためには、父から「受益の意思表示」がなされることが必要です。というのは、契約の当事者の一方(施設)が第三者(父)に直接債務を負担することを相手方(親族)に約する契約を「第三者のためにする契約」といいます。そして、このような契約の場合は、第三者(父)の権利は、施設に対して契約の利益を享受する意思表示(受益の意思表示)をしたときに初めて発生すると定められているからです(民法537条2項)。
 受益の意思表示を行うためにも一定の能力が必要になりますが、黙示の意思表示(たとえば父が施設にサービスの提供を要求するなど)でもよいと解されています。
 受益の意思表示を行う能力がない場合でも、契約を締結した親族が、施設にサービスの提供を要求する権利のある契約としては成立しているので、特に不都合は生じないと考えます。
 ただ、父に意思能力がない場合に、親族が負担した施設の利用料金を、父の資産から清算してもらうためには、やはり成年後見人の選任が必要となります。

第3 本人に意思能力がない場合
1  親族が本人の名前で契約する場合
 本人の意思とは関係がなく締結される契約なので無効となります。施設と契約するためには、成年後見人の選任が必要です。
  親族が本人の代理人として契約した場合も、親族は本人から入所契約を結ぶ代理権を与えられていないので、無権代理行為となり、やはり無効になります(民法113条)。ただし、後日成年後見人により追認がなされれば、施設との契約は締結時に遡って有効になります(民法116条)。

2 事務管理
 急遽人気のある老人ホームから空きがでたと連絡が入って、すぐにでも契約したい場合、成年後見人の選任を待っていられないこともあると思います。
 そのような場合、親族が事務管理者として本人の名前で、施設と入所契約を締結することができ ます。事務管理とは、義務なく他人のために事務を管理することです(民法697条)。
 ただし、本人には意思能力がないわけですから、あくまで成年後見人が選任されるまでの間、本人のために行った一時的な事務として有効と考えられます。したがって、その後、すみやかに成年後見人に追認してもらいましょう。
                                                 以上

本稿の見解を述べた部分は執筆者の個人的見解です。また、一般的な情報をQ&A形式で分かりやすく
 お伝えする目的で詳細は省略しておりますので、個別具体的事案については弁護士にご相談ください。

  •                                                      プライバシーポリシー
     本サイトに掲載されている写真・情報等の無断転載は一切禁止します。 Copyright (C) 2019 亀井法律事務所 All Rights Reserved.