高齢者を支える親族のための法律知識

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        高齢者を支える親族のための法律知識

【Q33】死後事務委任を引き受ける際、注意することとは
                                          令和4年12月23日
                                          弁護士 亀井 美智子

 高齢の叔母は、未婚で他に親しい親戚もいないので、私(叔母の従妹の子)に、自分の葬儀のことなどについて頼みたいといいます。私は子供のころから叔母の家に出入りして可愛がってもらいましたので、引き受けようと思いますが、注意することがあったら教えてください。

【A33】
 自己の死後の事務(葬儀、病院の費用の清算など)について生前に委任する契約を死後事務委任契約といいます。受任者が契約の際注意することとしては、まずは委任者が元気なうちに本人の意向を十分に聴き取って相談の上、合意内容を書面(死後事務委任契約書)にしておくことです。委任契約は口頭でも成立しますが、本人の遺志をきちんと反映させ、相続人とのトラブルを避けるためには契約を書面にし、できれば公正証書にしておくことがお薦めです。また、契約書に入れておきたい条項としては、具体的な委任事務の範囲、費用の負担(預託金の授受)、受任者の報酬、委任者・受任者が解除できる場合、預託金の精算、相続人への報告義務などがあります。
 以下は、死後事務の具体例と、委任契約以外で死後事務を頼む方法について触れた後、上記の条項について判例を紹介しながら説明します。

【解説】
1 死後事務の例
 死後事務の例としては、遺体の引き取り、葬儀、埋葬、供養、関係者への死亡の連絡、病院・介護施設料の清算、家の賃貸借や公共料金の解約・精算などがあります。遅くとも死亡からだいたい3年程度で終了する事務とされています。

2 死後事務を委任契約でない方法で頼めないか?
 死後事務を、委任契約でなく他の方法で頼めないかについて触れておきます。
 遺言書の付言事項として書き加える方法はありますが、死後事務が、民法で定められている遺言事項の中に含まれていないため、遺言書に書いても「お願い」に止まり、法的拘束力はありません。
 もっとも、死後事務を含む事務を負担とする負担付遺贈(民法1002条)を遺言書に定めた場合、遺贈は遺言事項ですから法的拘束力を持ち、受贈者は負担を履行しなければ遺贈が受けられないことになります。ただし、受贈者が負担付遺贈を辞退することはありえます(民法986条)。
 そのほか、任意後見契約やホームロイヤー契約の委任事項の一つとして死後事務を入れることもできます。なお、任意後見人は死亡届の届出人になることもできます(戸籍法87条2項)。

3 相続人等とのトラブルを回避するため入れておきたい契約条項
⑴ 委任者の死亡後も効力を有する契約であることを明記すること。
 委任契約は委任者が死亡したら終了するのが原則です(民法653条)。そのため、委任者の死亡により死後事務委任契約が終了したとし、相続人から受任者に対し、委任者が死後事務の費用として預けたお金の返還を求めるケースがあります。
 Aが病院の費用、葬儀や法要の費用、世話になった家政婦等への謝礼金の支払をYに依頼しお金を預けた事例で、Aの相続人XがAの死亡により委任契約は終了したとして預け金の返還等を求めました。裁判所はこの委任契約について、「委任者の死亡によっても契約を終了させない旨の合意を包含する趣旨」としてXの請求を認めませんでしたが(最高裁平成4年9月22日)、契約条項として委任者が死亡した後もなお効力を有する旨を定めておけば、より明確になります。

⑵ 死後事務の費用として一定額の金銭を預ける規定
 相続人から受任者に対し、預金の着服等の不法行為があるとして損害賠償を請求した事例があります。
 裁判所は、委任者名義の預金は、委任者が、同人の死後も母の生活費や療養費、家産や祭祀の維持を委任したため管理をまかせた預金なので、それらの事務に使うための預金の払戻しは不法行為を構成しないとしました(東京高裁平成11年12月21日)。
 委任事務の範囲と、その事務処理費用の調達先、預かった金と費用の精算について、契約書できちんと定めておけば、相続人の誤解を避けることができます。

⑶ 委任者の相続人が死後事務委任契約を解除できるか
 委任者Aが生前、寺の僧侶Yに自分の葬儀と供養を依頼して供養料300万円を支払いましたが、遺言書には、葬儀と祭祀の主宰者を僧侶である相続人Xに指定していました。委任者としての地位を承継したXは、Yに対して死後事務委任契約を解除し、Aが預けたお金の返還を求めました。裁判所は、死後事務委任契約は、「契約内容が不明確又は実現困難であったり、委任者の地位を承継した者にとって履行負担が加重であるなど契約を履行させることが不合理と認められる特段の事情がない限り、委任者の地位の承継者が委任契約を解除して終了させることを許さない合意をも包含する趣旨」とし、解除を認めませんでした(東京高裁平成21年12月21日)。
 委任者は死後の事務処理をしてもらうために委任契約を締結したのに、委任者の相続人に契約を解除されてしまっては、委任者の遺志が反映されません。そのため、死後事務委任契約書において、委任者の相続人が解除できる場合を、受任者に契約違反があった場合等に制限することが考えられます。
 なお委任者が、死後事務委任契約書や遺言書を作成してから年月を経過するなどして、死後事務委任契約と遺言書に矛盾する条項が生じてしまっている場合も、受任者はどうしてよいか困ってしまいます。そこで、委任者と相談の上、その場合の優劣関係について死後事務委任契約書に定めておくことが望ましいと考えます。

⑷ 死後事務委任なのか負担付贈与なのかが争いになった事例
 委任者AはYに、葬式と入退院を繰り返す子の世話を頼んで、2300万円余りの入った預金通帳と印鑑を渡しました。相続人Xは不法行為または不当利得であるとしてXにAが預けた預金の返還を求めました。事務処理の費用を控除した預金の残りが負担付贈与であるのか争いになりましたが、裁判所は、子よりも12歳年長のYに子の死亡時の残金を贈与するのは不合理であるなどとして、死後事務委任契約であるとし、正当な支出として認められる額を差し引いて、Yに対し、1900万円余りの返還を命じました(高松高裁平成22年8月30日)。
 このようなトラブルは、死後事務委任契約書を作成し、預り金と費用の精算条項や、相続人への報告義務を定めておけば、回避できると思います。

 お世話になる受任者を相続人等とのトラブルに巻き込むのは、亡くなった委任者としても本意ではないでしょう。トラブルになりそうな上記の場合について、生前、委任者としっかり話し合って契約条項でその場合の処理を定めておけば、受任者としても安心できます。
                                                   以上


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