高齢者を支える親族のための法律知識

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        高齢者を支える親族のための法律知識

  • 【Q31】認知症の親の延命治療について
                                                令和2年9月1日
                                              弁護士 亀井 美智子

     私の母は、数年前に認知症の診断を受け、現在は特養に入所しております。最近の母は、ほとんど言葉を発することもなく横になって過ごし、ときどき誤嚥性肺炎で入院する状態です。今では延命治療を望むかどうかについて、母の意思を聞くことは難しいと思いますので、いざとなったら、延命治療を受けるか否かについて家族で話し合って決めることができるのか、とても不安です。家族で意見が分かれてしまったら、どうすればよいのでしょうか。

    【A31】
     認知症の方でも「意思決定支援」(後記3項ご参照)により、あらかじめ延命治療について本人の意思を確認できれば、それが最も望ましいと思います。それでも本人の意思確認ができない場合の医療・ケアに関しては、平成30年3月に厚生労働省が示したガイドライン「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」があり、家族などの意見が一致しない場合についても解説されています(後記5項ご参照)。このガイドラインにそって、家族や本人と親しい方、担当医師など医療や介護にあたっておられる方々と、延命治療に対する本人の考え方・意思について何度か話し合ってみられてはいかがでしょうか。

    【解説】
    1 延命治療とは
     延命治療とは、生命維持処置を施さない場合には短期間で死亡することが必至の状態である場合に、それを施すことによって、生命の延長を図る処置・治療のことをいいます。たとえば、心肺蘇生、気管切開による人工呼吸、経管栄養や胃ろうによる人工栄養などがあります。

    2 本人の同意が必要なこと。
     延命治療も医療行為ですから、治療を行うには本人の同意が必要です。
     医療行為は、患者と病院等とが診療契約を結ぶことにより始まりますが、医師が具体的に手術など生命身体への侵奪となる医療行為を行うには、さらに患者本人の同意(医療同意)が必要です。本人の同意がない医師の医療行為は、緊急避難(例えば、命が危険に瀕しており、本人に説明して同意を得ている暇がない。)など特別の事情がない限り、違法行為(不法行為)になってしまいます。
     そして、本人の医療同意は、医師から本人に、自己の病状と治療の内容、選択可能な他の治療方法、それぞれの治療に伴う危険性、治療を受けなかった場合の予後等について説明を行い、質疑などを通じて本人が十分理解した上で、同意することが必要です(インフォームド・コンセント)。
     医師の説明義務に関する参考判例を上げますと、乳がん手術の医師の説明義務の範囲について争われた事例で、最高裁は、「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。」と述べています(最高裁 平成13年11月27日)。

     したがって原則として、延命治療を行うには、本人が、医師から自己の病状、治療内容や治療の選択肢等について十分な説明を受け、理解したうえで、その治療を受けることに同意する意思決定を行うことが必要です。

    3 意思決定支援
     認知症の方も意思決定能力がなくなるわけではありませんが、理解力や判断力が弱まるので、自己決定をするには他の人の助けが必要です。
     認知症の方の意思決定支援とは、本人と信頼関係にある意思決定支援者(家族、親しい友人、医療・福祉関係者、成年後見人など)がチームとなって継続的に本人の能力を補い、意思決定の環境(場所、時期、本人の体調など)に配慮しながら、本人に説明や確認を繰り返して意思形成や意思表明を支援することで、本人が自己決定を行い、ひいては支援による意思実現を可能にしていくという考え方です〔厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(平成30年6月〕〕。

    4 本人の意思確認ができない場合の医療行為
     意思決定支援を行っても、本人が延命治療について医師の説明を理解することができないか、延命治療を受けるか否かを判断する能力がない場合は、どうなるのでしょうか。
     本人の医療に関する同意は一身専属的なもので、他者が代理できる性質のものではありませんが、医療現場では、本人の近くにいてその意思を推測できる立場にある家族や近親者に病状、手術をした場合としない場合に予想される今後の経過、手術に伴う合併症等について説明し、同意を得ることで手術等医療を行うことが承認されています。
    交通事故で頭部打撲により意識レベルが低下している本人の手術が必要となった事例で「一般的に,患者の手術が必要であると判断されたときには、まず患者の家族に対し、病状、検査結果、手術をした場合としない場合にそれぞれ予想される今後の経過、手術に伴う合併症等について説明をし、同意を得ることが必要」と家族の同意による手術を認めた判例もあります(高松高裁平成17年5月17日)。

    5 平成30年3月、厚生労働省は、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」 を発表しました。
     このガイドラインの中で、「本人の意思が確認できない場合」に、医療・ケアチームの行う判断の手順については以下のとおり述べています。
    ① 家族等(本人が信頼を寄せ、人生の最終段階を支える存在である親族、親しい友人など)が本人の意思を推定できる場合は、その推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針をとる。
    ② 家族等が本人の意思を推定できない場合は、本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとって最善の方針をとる。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、このプロセスを繰り返し行う。
     そして、話し合った内容は、その都度文書にまとめておくよう求めています。

     また、家族等の中で意見がまとまらない場合や、家族等と医療・ケアチームの間で合意ができない場合について、このガイドラインは、医療・ケアチーム以外の複数の専門家からなる話し合いの場を別途設置し、方針等についての検討及び助言を行うことが必要とされています。

    6 ACPについて
     前項のガイドラインの基礎となっているのは、ACP(アドバンス・ケア・プラニング)という考え方なので、ご紹介しておきたいと思います。
     ACPとは、最後まで本人の意思を尊重した医療・ケアを提供し、尊厳ある生き方を実現することを目的とし、人生の最終段階の医療・ケアについて、本人が家族等や医療・ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセスのことです。本人の考えがチームで共有されていれば、本人が自らの意思を伝えられない状態になったときでも、本人の意思を尊重した医療ケア方針の決定を行うことにつながります。この考え方は、事前指示書が残されていても本人の意思が家族等医療ケアチームと共有されていないと本人の意思を反映した医療ケアが十分に提供されないことの反省に基づいています。
     なお、健康状態の変化などで考え方が変わることもありうるので、この話し合いは繰り返し行われることが必要で、話し合った内容は、その都度文書にまとめておきます。
     過去にACPが行われていれば、現在の本人の意思が確認できない場合でも、チームで協議を重ね、本人の意向、身上、信念、価値観その他本人が大切にしていることを前提として、本人の最善の利益にかなうように延命治療を含む医療やケアを行うことが可能でしょう。
     今後はACPの考え方が広く普及し、高齢者は自己決定できるうちに、医療・ケア機関あるいは在宅医療において、延命治療等終末期の医療に関して説明を受け、家族を交えて何度か話し合うことが一般化するよう期待します。
                                                     以上


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