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     高齢者を支える親族のための法律知識
       
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                                             平成24年10月1日
                                           弁護士  亀井 美智子


【Q4】 認知症と遺言をする能力
   
父が「お前はずっと私のそばにいて面倒を見てくれたから、遺産は全部お前にあげたい。」と言ってくれました。遺言書を書いてくれるというのですが、父は高齢で認知症を患い、現在要介護3です。将来父が亡くなったとき、そのことを問題にされて、兄弟たちから遺言は無効だなどと言われたくないのですが、大丈夫でしょうか?

【A4】
  父が成年被後見人の場合は、医師2名以上の立会が必要です。そうでない場合は、公正証書遺言の方式にして、事前に公証人に遺言者が認知症である旨の事情を話して遺言能力を慎重に確認してもらうとともに、できれば遺言作成の際に医師の立会を求めることが望ましいと考えます。

【解説】
1 遺言能力
  民法961条は、15歳に達した者は、誰でも遺言ができると規定しています。認知症や要介護者だからといって、一概に遺言ができないわけではありません。ただし、遺言も法律行為ですから、遺言者が遺言事項を具体的に決定し、その効果を弁識できる意思能力(遺言能力)を有していることが必要です。
  たとえば成年被後見人でも、一時的に遺言能力を回復したときに遺言をすることができます(民法962条)。ですから、父が認知症で要介護3でも、遺言する時に遺言能力を有していれば、遺言は有効に行えます。

2 遺言の方式には、どのような種類があるか。
  生命の危険が急迫している等特別な事情のない場合の普通方式の遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言があります。

  「自筆証書遺言」(民法968条)は、遺言者がその全文、日付および氏名を自署し、これに押印して作成する遺言です。

  「公正証書遺言」(民法969条)は、二人以上の証人の立会を得て、遺言者が公証人に遺言の趣旨を口授し、それを公証人が筆記して遺言者及び証人に読み聞かせ、遺言者、及び証人が筆記の正確なことを承認した後、各自が署名捺印して作成する遺言です。
  
  「秘密証書遺言」(民法970条)は、遺言者が遺言の内容を秘密にしておきたいときに採用する方式です。遺言者が署名押印した遺言書を封印をして公証人及び証人二人以上の前に封書を提出し、自分の遺言書である旨と筆者の氏名及び住所を述べ、公証人が日付と遺言者が述べたことを封紙に記載して、遺言者、証人、公証人が封紙に署名捺印する遺言です。

3 成年後見が開始されている場合
  もし、父親について成年後見が開始されている場合で、父親が一時回復した時に遺言するには、上記いずれの方式の場合でも、民法973条により医師二人以上の立会がなければなりません。
  医師は、自筆証書遺言、公正証書遺言には手続きの最初から最後まで立会います。秘密証書遺言は、遺言の内容は秘密なので医師は遺言の作成には立ち会わず、遺言者が封書を公証人の前に提出したとき以降立会います。
  そして、遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言のときに事理弁識能力を欠く状態になかったことを遺言書に付記して署名捺印します。そのため、この手続きに従って行えば遺言能力の問題で遺言が無効とされる可能性は低いと思います。

4 成年後見が開始されていない場合
  成年後見が開始されていない場合、医師の立会は要件ではありません。
  その場合に、どの種類の遺言を選んでも、およそ遺言無効は問題にされないという方式はありませんが、公正証書遺言が比較的望ましいと考えます。というのは、公証人が遺言内容について一つ一つ本人の意思を確認し、かつ証人二人が遺言の内容に関し、遺言者の真意に出たものであることを確認するからです。
  もっとも後記判例にあるように、公証人や証人らが作成当日遺言者と初対面であるのでは、遺言能力について判断できない場合もあります。そこで、事前に公証人や証人に遺言者が認知症である旨の事情を話して遺言能力を慎重に確認してもらうようにしましょう。
  また、公証人や証人が立ち会って確認しても、医学的見地から、遺言能力を証明することにはなりません。そこで日常の行動などから遺言者の認知症が進行していることが疑われる場合には、やはり民法973条と同様に作成時に医師に立会ってもらうことが望ましいと考えます。
  軽度の認知症である場合や、医師の立会が難しい場合に、後日遺言作成時の遺言能力を証明するためには、作成日に近い日の医師の診断書や診療記録、看護日誌、介護日誌等を準備しておく必要があります。

5 認知症の高齢者で遺言能力が争われた事例
  最近は、認知症の高齢者が作成した遺言について、遺言能力をめぐる争いが増加しています。
  以下に、認知症の高齢者について、遺言能力を欠き遺言を無効とした事例(1)、(2)と、遺言能力がないとは言えないとして遺言を有効とした事例(3)を取り上げます。

(1) 司法書士が立会った公正証書遺言のケースで、裁判所は、認知症の診断を受けていた87歳の遺言者について訪問看護記録書や医師の診療情報提供書などから遺言作成当時、遺言者の認知症の症状は進行していたとし、また、遺言者の遺言作成の動機が被害妄想的であること、遺言の内容が長年介護した者を相続人から排除するなど遺言の意味内容を理解していたとは思われないことから、遺言能力が無く遺言は無効であるとしました。当時、証人として立ち会った司法書士は遺言能力があると判断していましたが、裁判所は、その司法書士が作成当日初めて遺言者と会い、事前に医師や介護施設職員の意見を聴取していなかったことから、その判断を認めませんでした(東京高裁 平成22年7月15日)。

(2) 弁護士が立ち会った自筆証書遺言のケースで、遺言者は、遺産の大部分を実子に相続させる公正証書遺言を作成した後、認知症となり、介護にあたった妹に全てを相続させる旨の自筆証書遺言を複数の弁護士の立会の下に作成しましたが、その際の遺言能力が争われたケースです。
  裁判所は、遺言能力の有無は、遺言者の心身の状況・健康状態のほか、遺言の内容や前の遺言を変更する動機・事情の有無等も考慮して判定すべきであるとしたうえ、遺言者は、脳血管性認知症により、判断力・記憶力が低下しており、前遺言の後、実子に遺産を全く相続させないことを決意する動機及び事情が生じたとは認められず、自筆証書遺言作成のきっかけが、本人が前遺言の内容の変更を申し出たのではなく、遺言者を介護してきた妹の希望によるものであったことなどの事情を考慮し、遺言能力を欠くと判断しました(東京地裁 平成16年7月7日)。

(3) 最後に、認知症により要介護5の認定を受けていた遺言者が、弁護士立会いの下作成した公正証書遺言について、遺言を有効とした判例があります。
  遺言者の認知症は、交通事故による脳挫傷などの器質性認知症であるため認知機能が残存している部分が見られる可能性があること、要介護認定の際、日常生活はほぼ自立していると判断されていること、遺言の内容が長男に全部相続させるという比較的簡単なものであったこと、遺言を作成に至る経緯や、作成当日の行動について弁護士も公証人も特に異常な点を認めていないことなどから、遺言能力がなかったとはいえないとしました(大阪高裁 平成21年6月9日)。
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