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平成26年11月4日

弁護士 亀井 美智子

【Q16】 老人ホームの入居一時金の返金額

 私の母は、75歳のとき、有料老人ホームに入所し、入所の際、入居一時金として500万円支払いました。ところが、入所後一年程で、肺炎で亡くなってしまいました。ホームに入居一時金の返金を求めたところ、100万円ほどしか戻らないと言われました。しかし、わずか一年しか経っていないのに、400万円もの金額を返さないのは不当ではないですか。

 

【A16】

入居一時金の返金額については、まずは、老人ホームとの契約内容を確認することが第一です。ホームとの入居契約書、重要事項説明書を見て、入居したらすぐ償却される費用(初期償却費用)や、残金の償却期間、計算方法、そのほか契約終了時に差引かれる原状回復費用等がないか、確認してください。

入居一時金の返金額が、仮に入居契約書等の定めどおりであるとしても、消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)により無効ではないかが問題となりますが、判例を見ると、各都道府県の「有料老人ホーム設置運営指導指針」に従ったものである限り、消費者契約法10条は適用されないと判断しているようです。

 

【解説】

 1 入居一時金とは

入居一時金(入居金、前払金)は、有料老人ホーム(以下「ホーム」といいます)に入居する時に、一括して支払う費用です。

 

従来は、家賃や介護などのサービス提供の前払金の性質と、終身利用権取得の対価(権利金)としての性質を合わせ持っていることが多かったと思います。

しかし、平成23年6月の老人福祉法の改正(平成24年4月1日から施行、ただし既存ホームは平成27年4月1日以降受領分から適用。)により、「有料老人ホームの設置者は、家賃、敷金及び介護等その他の日常生活上必要な便宜の供与の対価として受領する費用を除くほか、権利金その他の金品を受領してはならない。」と定められました(同法29条6項)。

そのため、改正法が適用されると、入居一時金は家賃等の前払金であることになり、初期償却費など入居期間に関係なく償却される費用(権利金)は、認められなくなると考えられています。

 

2 入居一時金の償却  

上記改正法施行前の既存ホームの入居一時金は、入居時に初期償却費として一部が償却され、残金の償却については償却期間が定められており、償却期間が終了する前に退去した場合は、未償却部分が返還されていました。

  入居一時金の初期償却費の割合や、残金の償却期間や償却金額の計算方法は、ホームによって様々で、初期償却費は2割から3割程度、償却期間は3年から10年までが多いようです。

 

   なお、改正法では、短期解約特例制度といって、入居期間が3月以内で解除されたり、入居者が死亡したりした場合は、クーリングオフにより、入居一時金は、家賃を除いて全額返還されます(老人福祉法29条8項、同法施行規則21条1項)。

    旧法のクーリングオフは、入居一時金を支払った日から90日以内とされており、また、死亡の場合は認められていませんでした。

この改正規定についても、既存のホームについては、前記施行日以後に入居した者が支払う入居一時金から適用されます。

 

3 消費者契約法により入居一時金の返還を求めた判例

  消費者契約法10条は、民法、商法などの規定に比較して消費者の権利を制限し、義務を加重する消費者契約の条項であって、民法の信義誠実の原則(民法1条2項)に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする、と定めています。

この消費者契約法の規定に基づいて、親族(相続人)が、入居契約書の定める入居一時金の多額の償却合意は無効だと主張して、入居一時金全額の返還を求めた事例がありますので、見てみましょう。

 

(1) 入居者が「一時入居金」1155万円を含む入居契約金1365万円を支払い、入所から約2年5ヶ月後に解除し、入居者の相続人(原告)が、ホームが返金しなかった約795万円の返還を求めた事例で、原告が消費者契約法10条による無効を主張したのに対し、裁判所は、「少なくとも、東京都の有料老人ホーム設置運営指導指針に従ったものであるから、その内容が公序良俗に違反するとまでいうことは困難である」などとして原告の請求を認めませんでした(東京地裁平成22年9月28日)。

 

(2) 入居の際、終身利用権189万円(入居日に不返還)、及び入居一時金約66万円(償却期間2年6ヶ月)を支払い、約一年半後に解除し、入居者の相続人(原告)がこれらの返還を求めた事例ですが、裁判所は入居一時金について、「入居一時金の償却合意は、本件老人ホームの入居者の入居のための人的物的設備の維持等に係る諸費用の一部を補う目的、意義を有するもの」であり、償却期間が不当に短いとか埼玉県の有料老人ホーム設置指導指針から逸脱しているといった事情は認められないなどとして、消費者契約法10条の適用を認めませんでした(東京地裁平成21年5月19日)。

 

  なお、各都道府県の「有料老人ホーム設置運営指導指針」は、各都道府県のホームページなどで公開されています。

       

4 契約書をよく確認しましょう

  前記のように、入居一時金については、ホームとの契約内容が最も重要です。終身の契約ですし、多額の負担を負うことになるのですから、親族としては、契約の際、入居契約書や重要事項説明書の内容について、面倒でも納得できるまでホームに質問して、理解できるまで契約すべきではありません。

それから、ホームに入居後、思ったような質のサービスが受けられなかったり、別の良い条件の施設に移りたくなったり、本人が早く亡くなってしまったり、要介護度が急に進んで入居したホームでは適切な介護が受けられなくなったり、入院が長期化して退所を迫られたりするなど、入居時には予想していなかったいろいろな事情が生じ得ます。入居一時金がゼロの施設も多数ありますが、月々の家賃(利用料)は割高になります。親族としては、入居後の事情の変化も想定して、どのような料金体系のホームを選ぶのが適切か、慎重に検討する必要があります。

 以上


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