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高齢者を支える親族のための法律知識
【バックナンバー】
平成27年6月11日
弁護士 亀井 美智子
【Q19】 重い認知症の父を離婚させたい
私の父は、現在重い認知症で、再婚した妻は面倒を見切れず、離婚したいと言っています。父の子は、前婚のときの私と兄の二人です。私たちも、相続のときに妻ともめるのはいやですし、父の面倒を見る気がないのなら、むしろ離婚してもらった方がよいと思っています。今後、兄が成年後見人になる申立てをする予定ですが、兄が手続きをして、父を離婚させることはできますか?
【A19】
成年被後見人でも自分の意思で離婚することができますが、認知症が重くて、離婚について意思表示ができる状態でない場合、離婚のような身分行為は、成年後見人が代理することはできません。
もっとも、妻の方から離婚を請求する訴訟を起こしたとき、成年後見人はその訴訟行為について本人を代理できます。そこで、裁判の結果、裁判所が、離婚事由に該当するとして、離婚の判決が出される場合はあります。
【解説】
1 成年被後見人であっても離婚はできること
婚姻、協議離婚、養子縁組など身分上の法律効果を発生させる法律行為を身分行為といいます。
身分行為をするにも一定の行為能力が必要ですが、それは財産的法律行為のように高度のものではありません。そのため、成年被後見人が協議上の離婚をするについては、成年後見人の同意は必要ありません(民法764条、738条)。
そこで、お尋ねのケースで、認知症の父が、ある程度回復する場合もあるときは、そのときに、離婚の意思について尋ねることが考えられます。
本人が離婚を望めば、離婚に伴う財産分与等は成年後見人が代理できます。
2 成年被後見人が離婚について意思表示ができない場合
父が認知症により離婚について意思表示ができない場合、身分行為においては、本人の真意が尊重されるため、原則として代理が許されません。
ただし、成年被後見人が離婚を請求する訴えを提起されたとき、成年後見人は、その訴訟において成年被後見人を代理することができます(人事訴訟法14条)。そこで、相手の配偶者に調停、訴訟を起こしてもらい、離婚の判決をもらう方法が考えられます。
3 裁判離婚について
離婚など家庭に関する件について訴えを起こすには、調停前置主義といって、まず家庭裁判所に家事調停の申立をしなければなりません(家事事件手続法257条)
そして、調停で本人が離婚について意思表示をすることができないときは、調停不調となります。
調停不調の後、相手の配偶者が離婚を求めて訴訟を起こした場合、離婚は、民法770条に定めた一定の離婚事由に該当しなければ認められません。
相手の配偶者が重度の認知症であることを理由に離婚を求める場合、離婚事由としては、強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(民法770条1項4号)や、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき(同項5号)が考えられます。
そして、裁判所がこれらの事由に該当するか否かを判断するに際しては、離婚後も療養や生活のための経済的な見通しが立っているか、成年後見人との間でその点にも配慮した財産分与等の合意ができているか等の事情も考慮されます。
以下、具体的にどのような事情が考慮されているのか、判例を見てみまし
ょう。
4 不治の精神病
最高裁は、従来から、夫婦の一方が不治の精神病にかかった一事をもって直ちに離婚の請求は認められず、病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的方途を講じ、ある程度、前途にその方途の見込みがついた上でなければ離婚の請求は許されないという立場です。
最高裁が、はじめて不治の精神病による離婚請求を認めた事例ですが、A子の実家は、A子の療養費に事欠くような資産状態ではなく、他方Bは療養費を支払える程生活に余裕がないが、過去の療養費を分割して支払っており、将来も可能な範囲の支払いをなす意思を表明しており、長女も出生当時から引き続き養育している、としてBの離婚請求を認めました(最高裁昭和45年11月24日)。
5 婚姻を継続し難い重大な事由
アルツハイマー病で痴呆状態となった妻に対する離婚請求のケースで、不治の精神病とまではいえないが、婚姻を継続し難い重大な事由に該当するとして、離婚請求を認めた事例があります。
裁判所は、妻がアルツハイマー病に罹患し、長時間に亘り夫婦間の協力義務を全く果たせないでいることなどによって破綻しているとし、夫が離婚後も妻への若干の経済的援助及び面会を考えていること、特別養護老人ホームに入所しており24時間完全介護であり、離婚後は全額公費負担となること等も考慮して、婚姻を継続し難い重大な事由による夫の離婚請求を認めました(長野地裁平成2年9月17日)。
以上
Monthly Column 亀井法律事務所
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