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     高齢者を支える親族のための法律知識
       
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平成28年1月6日

弁護士 亀井 美智子

【Q20】認知症で遺留分の請求ができない

叔母は重い認知症ですが、昨年、夫(伯父)が亡くなり、遺産の全部を長男(一人っ子)に相続させるという伯父の古い遺言書が発見されたそうです。叔母は遺産ももらえず、これまで疎遠だった長男が今後面倒を見てくれるのか、とても心配です。何か親族としてできることはないでしょうか。

 

【A20】

叔母さんから、長男に対し、遺留分の請求をすることが考えられます。叔母さんは重い認知症とのことなので、遺留分減殺請求権の行使のため、あなたが親族として、成年後見人の選任申立を家庭裁判所に行い、成年後見人から長男に対し、遺留分減殺請求の通知をしてもらいます。

なお、遺留分減殺請求権は、夫の死亡と長男が全部取得するという遺言書の内容を知ってから一年以内に行使する必要があります。ただし、一年を経過する前に後見人選任の申立てを行っていれば、民法158条1項の類推適用により、成年後見人が就職したときから6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しないというのが判例(最高裁平成26年3月14日)です。

 

【解説】

1 遺留分減殺請求権

相続人には、被相続人の死後、生活が一定程度保障されるよう、被相続人の遺言の財産処分によっても奪われることのない相続財産があり、それを遺留分といいます。妻である叔母は、夫の相続財産の4分の1について、遺留分があります(民法1028条)。

ただし、遺留分の権利は、何もしないでも守られるわけではなく、遺言で遺産をもらった人に対し、遺留分の割合に不足している侵害分を返してほしいという請求(遺留分減殺請求)をしてはじめて保護されます。つまり、叔母が遺留分を取得するには、長男に対し、遺留分が侵害されている相続財産の4分の1について、減殺を請求することが必要です(民法1031条)。

 しかも、遺留分減殺請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与、遺贈があることを知ったときから一年以内に行使する必要があります(民法1042条)。本件では、叔母が、夫の死亡と、全ての遺産が長男に相続されるという内容の遺言書の存在を知ったときから一年以内に減殺の請求をしなければなりません。

 

2 成年後見人の選任

 後見開始の申立は、四親等内の親族から行うことができます(民法7条)。申立てのとき、成年後見人の候補者を指定できなくても大丈夫で、裁判所が、ご本人のため相応しい成年後見人を選任してくれます。

ところで、子が成年後見人の候補者となることが多いのですが、お尋ねのケースの場合は、長男に対して遺留分減殺請求をする目的で後見人の選任を申立てるのですから、利益相反となるため、長男以外の成年後見人が選任される可能性が高いと思われます。仮に長男が成年後見人に選任されるときは、同時に成年後見監督人が選任されて、成年後見監督人が遺留分減殺請求を行うことが考えられます(民法860条)。

 

3 成年後見人と時効の停止

 さて、これから成年後見申立の準備をして、家裁に申立をし、後見人が選任されて遺留分減殺の請求を行うまで、一年の時効期間に間に合うのか、不安になると思います。

 

 その点について、民法158条1項は、「時効の期間の満了前6箇月以内の間に未成年者又は成年被後見人に法定代理人がないときは、その未成年者若しくは成年被後見人が行為能力者となった時又は法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その未成年者又は成年被後見人に対して、時効は、完成しない。」と定め、法定代理人が欠けたために時効の中断行為をなしえない場合、時効完成が近づいたときに時効の進行を一時的に停止して救済しています。

ところで、この条文の「成年被後見人に法定代理人がないとき」の、「成年被後見人」とは、「後見開始の審判を受けた者」であるため(民法8条)、本来は、重い認知症の人であっても、まだ後見開始の審判を受けていない以上、民法158条1項の適用はありません。

しかし、重い認知症の人に、遺留分減殺請求の通知を行えというのは到底無理ですから、先ほどの規定の趣旨から考えると、救済の必要は、成年後見開始の審判の前か後かで変わりは無いはずです。

 

そのため、最高裁は、「時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において、少なくとも、時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項の類推適用により、法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その者に対して、時効は、完成しないと解するのが相当である。」と判断しました。

 

最高裁は、時効の期間の満了前に後見開始の申立てがなされることを適用の条件としていますが、これは、一年の時効期間は経過したのに、時効が成立したかどうかは、相手の精神状態で決まるとすると、減殺請求を受ける側は、時効が完成したのかしないのか、予見できないため、歯止めをかけたのです。つまり、後見の申立がなされれば、家庭裁判所で審判事件が継続していることや、成年後見人の選任の事実や時期が確定できるため、減殺請求を受ける側にも、停止する期間をある程度予見することが可能です。

判例は「少なくとも」と言っているので、減殺請求を受ける側の予見が可能な範囲で、今後も時効の停止が認められるかもしれません。

 

なお、上記時効停止の規定は、成年被後見人が選任された場合に類推適用されます。ですから、叔母さんにある程度判断能力があって、家裁が成年後見人でなく、保佐人、補助人を選任したときは、叔母さん自身において遺留分減殺請求の通知ができるものとして、上記規定は適用されませんので、ご注意ください。

以上

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