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平成28年7月5日

弁護士 亀井 美智子

【Q21】熟慮期間経過後の相続放棄

母は重い認知症で特別養護老人ホームに入所しています。半年ほど前、祖母が亡くなりましたが、既に祖父は亡くなっており、子供は母と母の兄で、兄は、相続放棄をしたそうです。母も相続放棄をした方がよいのでしょうか? どうすればよいのでしょうか?

 

【A21】

母について、できるだけ速やかに家庭裁判所で後見人の選任申立を行ってください。選任された後見人が、祖母の遺産について調査し、母が相続放棄した方がよいか判断します。

相続放棄は、死亡を知ったときから3カ月以内に行う必要がありますが(民法915条)、判例は、相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある場合には、3カ月は、そのような事情が無くなったときから起算するとしています。そこで、私見ですが、祖母の遺産調査のため、すみやかに母の後見申立を行って後見人が選任されれば、後見人が就任するまでは、熟慮期間は開始しないと判断される可能性があります。

 

【解説】

1 相続放棄とは

 相続放棄は、相続が開始した後に相続人が相続の効果を拒否する意思表示です(民法938条以下)。相続財産が債務超過であると、相続人の意に反して多額の債務を負わされるので、これを避けるために認められた制度です。

相続放棄をした者は、初めから相続人でなかったものとみなされ(民法939条)、他の相続人の相続分が増加することになります。

 

2 相続放棄の熟慮期間

相続放棄をするには、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に」(民法915条)、家庭裁判所にその旨を申述しなければなりません。

この3カ月の期間は、相続財産の状態、積極・消極財産の調査をなし、熟慮するための期間で、「熟慮期間」といいます。

そして、「自己のために相続の開始があったことを知った時」というのは、普通は、被相続人の死亡を知ったときです。とはいえ、被相続人が残した書類等を調べようとしても、同居していないと所在がよく分かりませんし、他人の連帯保証人になっていたなど被相続人の手元に書類が保管されておらず、後日債権者から請求を受けて初めて知ることもあります。そこで、判例は、調査したが分からなかったのもやむを得ないような場合について、熟慮期間の起算日を遅らせるように解釈しています。具体例として、一つ判例を上げると、

長い間没交渉で生活ぶりを知らなかった父が亡くなり、1年くらいして、相続人が、父の保証債務について生前に裁判が起こされていたことを知ったというケースで、最高裁(昭和59年4月27日判決)は、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との交際状態等からみて相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、被相続人に相続財産が全く存在しないと信ずる相当な理由があるときは、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算するのが相当であるとし、裁判所から、亡父の裁判を引き継ぐよう相続人に連絡が届いた時から、熟慮期間は進行するとしました。

 

3 成年被後見人の熟慮期間の起算日

  民法917条は、相続人が成年被後見人であるときは、熟慮期間は、その法定代理人が成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する、と定めています。

ところで、この条文の「相続人が成年被後見人であるとき」の、「成年被後見人」とは、「後見開始の審判を受けた者」であるため(民法8条)、本来は、重い認知症の人であっても、まだ後見開始の審判を受けていない以上、民法917条の適用はありません。

 

4 後見開始の要件を満たしている者の熟慮期間の起算日

しかし、重い認知症の人に、財産調査や、相続放棄を行う能力はありませんから、前記民法917条の規定の趣旨から考えると、救済の必要は、成年後見開始の審判の前か後かで変わりは無いはずです。

もっとも、相続の確定が、相続人の精神状態で決まるとすると、債権者は予見できず、極めて不安定になりますから、後見開始の要件を満たしている者については、後見申立がなされ、後見人が死亡を知るまでいつまででも熟慮期間は起算されないというわけにもいかないでしょう。

ところで、遺留分減殺請求権は、一年の時効期間を経過する前に後見人選任の申立てを行っていれば、民法158条1項の類推適用により、成年後見人が就職したときから6ヶ月を経過するまでの間は、時効は完成しないという判例が出されました(最高裁平成26年3月14日、当コラム20問をご参照ください)。

これは、後見の申立がなされれば、家庭裁判所で審判事件が継続していることや、成年後見人の選任の事実や時期が確定できるため、相続債務の債権者などにも、熟慮期間の開始時期がある程度予見することが可能だという考え方です。

そこで、私見ですが、熟慮期間に関する民法917条も同様に考えると、債権者がある程度予見可能な時期に後見申立てを行ったことが条件とされる可能性があります。本件では、母の兄が相続放棄をしたということは、祖母の遺産について、負債が資産を上回っている可能性を想定させます。そこで、前記判例の考え方からすると、可能な限りすみやかに後見申立は行うべきと考えます。

なお、母が、ある程度判断能力があって、家裁が成年後見人でなく、保佐人、補助人を選任したときは、母自身において相続放棄ができるものとして、祖母の死亡を知ったときから3カ月の経過により、相続放棄はできなくなります。

以上

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